2009年11月16日 (月)

私が見ているブログ

愛先生のことがたまに載ってますよ、、、と言われてそのブログを拝見することがある。
以来よく見させていただいているブログに、クレアなひととき がある。
私の言葉など、大したお役に立たないとも思うが、よく引用されて、感謝いたします。
私もそれ以来よく拝見させていただいているので、内容も似ている部分が多くなっているのだと思います。
森田正馬のことに驚かれていたのがとても印象的でした。

私は正馬の墓参りに行きたいくらいのファンで、確か四国にあると思うのですが。
世界に誇れる精神療法が森田療法です。
神経症から立ち直るには、人生そのもの、人が生きるとは何なのかを、魂の部分で理解しなければ、神経症は本当には完治しない。その方法を森田は延べ、実践した。

森田がとくに凄いのは、自分の死において、弟子たちを集め、自分の死に際を見させた。
まさに最後の授業を行ったのだ。
森田は医者であったので、科学的な生命原理を理解している。
「血圧はいくらか」「脈はどうだ」と弟子に尋ねる。
弟子が答えると、「そうか、まだ30分は大丈夫だ。ああ、死にとうない。死にたくない。」
そしてまた、「脈は、、」「血圧は、、、」と聞く。
そして、「ああ、もうだめだ、、ああ、死にたくない」と言い続ける。
森田が見せたかったのは、厳しい現実をだまさずに受け止める。
そして、感情の真実も同時に受け止める。

それが、
「ああ、あと30分は大丈夫だ」であり、「ああ、もうだめだ」である。
現実を現実として受け止め、逃げない。そして、感情の真実をも正直に受け止める。
「ああ、死にたくない」という感情の真実。
しかし、当の森田は、すでにその気持ち以上に、これを最後の授業として、自分の死に様を弟子に見せていく。「いいか、よく見ておけ、、、」それが目標なのだ。
複層の中の喜びに彼はいたっていた。
死の苦しみ、怖さ、現実を最後まで受け止める強さ、それを弟子に見せる使命と喜び、、、苦しみの中の喜び、恐怖の中での歓喜、、彼は複層の中で現実と真実を捉える。
「貧しい時には豊かさをうらやみ、、豊かな際には清貧を尊ぶ」そういう人情の自然を森田は愛した。
苦しみだけの苦しみはなく、喜びだけの喜びもない。
より複層的に人生を見ていけるか、より複層的に人生を生きられるか、、そこに人間の偉大さがある。この偉大さは、凡人でも行きつける偉大さであり、大きな自己肯定、、人間肯定に導く。
クリアなひととき さんの中にも、今回、自分を特別な者と思ってはダメ、、、的なことが書いてあったと思うが、おっしゃる通りである。
血筋の特別も、遺伝子の特別ももはや存在しない。
純粋な日本人もゲルマンもインディアンもアングロサクソンもすでにいない。血は見事に混じった。
権威や特別な地位や特別な生命条件などすでに物理的に存在しない。ヒトラーもユダヤ人だったという話しがあるくらいだが、血はすでに混じっている。
血が混じるとは、愛がそうした。愛が特権に勝ったのである。
なので、これから、血筋や権威や特別意識による差別化はすべて嘘である。
イエスの言葉が全世界に行きわたるという意味は、まさに血の純粋性よりも愛が勝った時代を意味している。




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マドモアゼル・愛 ~悩める人の心を温めて続けてきた占い界の巨匠~

 あの人の気持ち、そして2人の恋が確実に進展するとき

あの人のあなたに対する気持ちから、2人の恋の行方について、さらにはあの人との関係が進展する黄金のタイミングについてもお教えしましょう。

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2009年11月 4日 (水)

ブログ再開

大したことなど何もしていないのに、どうしても書く時間がとれません。
締切その他でもまだ途中のものがたくさん。困ったことです。
世の動きを見ていても、大体は予想された流れの中での出来事が起きているわけで、とくに取り上げる必要性もなく、ああ、本当なんだな、、、。と思うことばかり。
アメリカはやはり最後は気の毒なことになりますね。
しかし最後の最後に人間生活を変える、救える、最大のものは、テクノロジーですから、民生に生かされた町工場レベルが作り出す、素晴らしいテクノロジーの発明群によって、アメリカはじめ世界の民衆を救ってくれることがきっと起きてくるでしょう。これは期待してもいいと思います。

もう時代を全体的なもので推し進めることは不可能になりつつあり、それをするには、強制収容所化するしかない。
しかもそれがうまくいかなくなった際には、それを企画した本体はすべて滅びますから、これはやはりできない相談だと思う。
やはり世界は多様化する方向に進まざるを得ない。
なぜソ連が滅んだのか、、、北朝鮮もそうですが、収容所列島的ななり方はやっぱり古いし、全体を一つにすることは不可能。
マイクロチップを人体に埋めて支配するという聖書に出てくるアイデアもあるのでしょうが、となるとテクノロジーを常に独占していかねばならず、人間を抑制する以上のテクノロジーが町工場レベルで作られた際に突然の無力化が起こる、支配者にとっても実は危険な構造なのだ。
こういうことを言うと、なんだかうがった見方が過ぎる、、、とのご指摘もあると思うが、実際にソ連で何が起きていて、アメリカでも被支配の民族に対する、極めて非人道的な振る舞いなど、現実に起きていることなのです。
北朝鮮でも何が起きているかは分かったものではなく、権力が民衆に対して行った非道は現代においてもまったく変わるどころか、巧妙にさえなっている。
そうした非道な力の行使がこちらに向かわないと誰が言えるだろうか。
民主主義が不要になりつつあるアメリカではこれから悪魔的変身があると心配しているわけです。とにかく、すべての人をひとつの全体の方向に持っていこうとする動きには何であれ、絶対の注意が必要。
ワクチンもその意味で語ってきたわけです。
全体化すれば効率よい金儲け、効率よい支配が可能で、これは古いタイプの権力のもっとも好きなもの。

インチキは必ず、全体化を目指します。
たとえばの話しだが、クラスの全員がみな1000円を出し合って、先生にプレゼントしよう、、、という提案があったとする。私はおかしいと思う。
1000円の重みは人によって異なるからである。その1000円の供出のために、どんなにいやな気持ちを味わい、苦しい立場に追い込まれる子供がいるだろう、、、。
では何が悪いのか。
先生にプレゼントすることが悪いとは思わないし、それはそれでいいと思うが、全員一律に1000円を出す、、、となると事情が出てくる。
それを考えないやり方は、必ず非人道的な状況をもたらすと言いたいのだ。
プレゼントは基本的に、やりたい人がやればいいと思う。本当は。
その方が味があるし、先生もきっと喜ぶ。
まあ、卒業式など必然性の高い場合もあるだろうが、それならば、みんなで一緒に働いたお金でプレゼントするなどの方が先生も喜ぶはずだ。
しかしこうしたことを、単なる理想から言いだし、よいことだから全員で、、、という形にしたがる。
子供の全体化でもこのようなことになるが、日曜日の朝から誰が決めたのかわからないスポーツや運動に必ず生かされる子供もいるだろう、、、こうした価値や行動のおしつけがどんなに時代に悪いものを与えたか、意外に多くの人が気付いていない。
こうした全体化された価値を重視していれば、地域では確かにあまり問題は起こらない。
要するに保身であろう。

しかし子供は犠牲になる。
小学校6年間、一度も自分の日曜日を過ごしたことがない子供が日本全国に本当に大勢いるのではないか。これは犯罪である。
こうして人をゆがめ、独立性を奪い、独自性を棄損し、想像力のない国にしてしまった。
そして立ち行かなくなったのだから、まずは、こうした体質を改め、反省するところから出発すべきなのだ。
全体で推し進めようとしているものには、必ず、さもそれがいいような理由がつくが、いいものはそれ以外にもいっぱいある。
なぜそれなのか。誰かがもうかるからだろう。誰かがいい顔をできるからだろう。
もしくは誰かが自分の人生に後悔があり、そのむなしさの穴埋めのためにやっているのかもしれない。
とにかく全員で、、、という中には成熟した発想はなく、誰かの個人をひどく傷つけている。
こうやって個人は本当に操られ、馬鹿にされてきた。
こうして男は戦争に連れて行かれ、女は誰も守ってくれない国で竹竿を持たされた。
高い家を買わされ、うまくいった人もいるだろうが、多くの人がローンで何年も苦しむことになった。
みんなで、全体で、、、というのは本当に、本物の嘘ばかりだった。
こうしたものがこれからどんどん壊れていく。なぜなら、そういうところから、そういうカラーのものからは、本当の窮地を救う力になるものなど何一つ出てくることなどないからである。
私はこれまで時代の風潮の中で馬鹿にされていたオタクを高く評価するのは、そのためである。
こころのやさしい天才的なオタクが必ず、人類を救うテクノロジーを最終的にたくさん花開かせると思う。
民主党はただその手伝いをすればいいわけで少なくとも邪魔しないことだ。
それまでは何重にも張り巡らされたセーフティネットを作り、とりあえず、家と食事はどうなっても大丈夫、、、という安心を作ること。
これには本当に金などかからない。あとは人類のためになるテクノロジーを探し、育て、悪人にそれを渡さず、、、でいけばいい。




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 今のうちに知っておきたい真実……2人は結婚まで行き着くかどうか

2人の恋状況からはじまって、あの人の結婚に対する気持ち、そして2人の結婚の可能性について明らかにしていきます。

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2009年10月26日 (月)

ロケ終了

やっと昨日信州ロケが終わりましたが、長いことブログが書けずにいた。
申し訳ありません。

しかし、信州はもう真冬並みに冷え込み、その中でのロケは終えたとたんに風邪となって現れた。
現在、セキが出てとてもつらい状況。新型かしら、、、熱はないけど、セキはかなりで苦しいです。
標高1800メートルの吹きすさぶ岩の上での最終ロケなどは、体が自然に震える状態。あれじゃ使えないと思うけど。
岩の間にうずくまって母音を発声する場面でも、やはり夕方で寒かった。
10首の和歌を歌ったのは私の別荘で行ったが、3方全開放の舞台のような場所で、夜の収録であった。
歌うと息が白くなるが、虫やムササビが私の声に合わせて鳴き出してくれた。
しかし、とにかく私は寒いというのが嫌いである。寒さにだけは我慢する必要がなくなったことが、唯一の文明の進歩として評価できると思っている。
寒さだけは我慢する必要はない、、、と思っていても、ロケなら仕方ないが、まあ、大変でした。

暖房費をケチって寒さに厚着で耐えるような金持ちがいると聞いたが、何か本末転倒だと思う。平均寿命が延びたのも、かなりの部分で寒さが克服されたことと関係しているのではないだろうか。
寒さから人間は自由になれたと思ったが、アメリカなどではホームレスがこれから冬を迎えるわけで、大変だと思う。
毒まんじゅうをやはり食ったと見受けられるオバマがインフルを武器に収容所列島を作ろうとしているようにも見える。
ある種の危機を仰ぎたてると、国民を管理しやすくなる。
インフルとワクチンがそれで使われるだろうから、アメリカはこれから暴動大陸へ急速に移行するだろう。インフルエンザとワクチンとどちらが怖いのか、、、答えは知っている人はすでに知っているのだが、まあ、よく考えておいた方がいいと思う。
インフルエンザは一時の辛抱。ワクチンの副作用は生涯のものとなる。
そのリスクを冒してワクチンを打っても、大体効かないのだから凄すぎる話しである。なので、強制接種にだけはしてもらいたくない。
アメリカでは強制接種にして、それに反対する人は反勢力として逮捕監禁、殺すこともできる法律が、オバマが言った非常事態宣言である。
もう世界はこれまでの世界とは異なっていることに気付いたほうがいいだろう。

とはいえ、そういう力も最後のあがきであって、日ごとにそうした悪魔的な勢力は瓦解しだしている。
さらに大きな時代の流れにどんな人も勝つことはできない。
これからの時代の流れは、心の清い人にしか見えなくなる。水晶人種とはそのことである。
いま武器を持ち、今金を持ち、今、権力を持つトップの人たちは、実は裸の王様であるのだが、まだそのことに気付いていない。
悪魔的な欲得は最終的に狂気に至り、瓦解していく。そのプロセスに入りつつある。
なぜ悪魔的なものが最終的に狂気に至るのかは、これは極めて理論的なことである。それは、この世はひとつの命でもあり、命の源はひとつでわれわれはその片割れとして存在しているから、独りの欲得がすべてを奪うことは物理的にも原理的にも不可能なのだ。
私はあなたであり、あなたも私である以上、私はあなたのものを奪うことはできない。何ひとつ、私たちはよそから奪うことはできない、というのが本当なのだ。
幻想体系の流れの中でそれがあたかもできるように錯覚しているだけで、時いたり、事実の流れが見えてくると、それはどんなに大きなものでも瓦解始める。
狂気では最終的な力を得られず、自らを瓦解させることでしか終えられない。
国が介入したから、金融がおかしなことになり、よってたかって国が介入したから、アフリカなどはでたらめにされた、、国が介入しなければ、私たちはもっと自由に、もっと楽しく地域経済をつくれるし、暮らしも良くなる。
国を作って、自分らの利益に誘導しようとした勢力に、どの国も乗っ取られてしまった。
そして世界はこのありさまである。
一本3000円のワクチンがどんなにうまい商売かはよくわかるが、やはり、もう時代がそういうことを許さなくなっている。




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 進まない2人の関係……その恋を進展させる愛の刺激と未来の結果

あなたとのもう一歩深い関係に、なかなか踏み込もうとしないあの人。あなたのことをどう思っているのでしょうか?

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2009年10月21日 (水)

楽しみ流星群

現在、オリオン座方向から流星が発生中。
23日まで続くとか。明日から空のきれいな信州へ行くので見てきます。

12年ほど前にあれはしし座流星群だったと思うが、流星はもちろん、真夜中に火球まで出現した。
火球を見たのはあれが最初で、以来見てないが、とにかく凄い迫力でした。
流星が目の前で割れて粉々になり、金粉をまき散らしたのを見たときもはびっくりした。天体のショーは意外性に富んでいます。
人間にはふたタイプあって、夜空を何時間でも眺められる人と、そうでない人がいる。
これは結構面白い人間タイプ分けになる。
すぐにあきてしまい、寒いとか家に戻りたいと思う人は、やはり現実的な面が強い。
一方、どんな寒くても工夫をして夜空を眺め続けようとする人は、現実に何か失望している面があるのかもしれないが、ロマンチストであることは確かだろう。
私はどちらかといえば、仕事がらもあって後者のタイプだが、ベランダに布団を敷いて11月の寒空で明け方まで寝ながら見たときはやはりかぜをひいた。
500個の流星をその時には見れた。
明日から行く信州の家には月見小屋があるが、いつしか周囲の木々が成長して夜空を見にくくなってしまった。
夜空を眺められる場所をどこかに確保しよう。

暗闇に輝く星は無意識の力をバックに背負い、それに飲み込まれることなく自ら光続ける意識の力を思わせる。
意識があるところは無意識に呑まれない。
人生、意識的に生きていくのか、それとも無意識に流されつつ生きていくのか、、どちらがいいとは言えないが、その違いはあまりに大きい。
今日一日の命と思いつつ日々を生きる者の行動は意識的になっていく。
何も考えず、何も決めず、何も気づかない、、、私もそうだがそうした無意識的な生き方では時々もったいないと思う。
むかし、30人程度が24時間にわたって競う麻雀大会が年に一度あったが、私は一度だけ優勝したことがある。
その時は、大会に臨む前に、とにかく手持無沙汰で麻雀の牌をくるくる回転させる動作を絶対にしない、、、ということを意識して決めた。
そして、24時間それを通してみた。
すると奇跡的に私に優勝が転がってきた。それは意識の力だったと思う。
誰が人生を楽しむか、、、という問題もやはり意識にある。
良いことが連続している人が人生を楽しむわけではない。
困難の連続であっても人生を楽しんでいる人はいる。
その違いはどこにあるのだろう。
人生を楽しむと、意識的に決めた人が実は人生を楽しめるのだ。無意識では弱い。
無意識では自分が自分でなく全体のコマとなるので、自分の人生を生きられなくなる。
星の輝きと宇宙の闇とではその大きさは比較にならないほど闇が大きいが、星は小さくとも、その光、すなわちみずから輝く意識によって闇に呑み込まれずにいられる。
私たち人間も意識的に生きることで存在の手ごたえを感じ、悩みから解放される。




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 2人が末永く幸せであるために、あの人との絶対相性をお教えします

愛する人とは、やはり末永く幸せでいたいもの。2人の絶対相性を確かめてみましょう。

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2009年10月19日 (月)

母音物語ロケ

あさってからDVD母音物語のロケで出かける。

内容は

生体音である母音
その言語化
母音発声と脳の構造の変化ー日本人の脳
日本語と日本人の感性が育んだ和の歌
その歌い方のもっとも古い形である披講
倍音と高周波の特徴と可能性
その実践
突出する自我の文明から和の文明への転換の時代に果たす和の歌の働き


以上のような流れを頭に入れつつ、そこから出てくる感性を重視して作られると思う


日本文化がこれから果たす役割は結構大きくなると思うが、だからと言って、このDVDが売れるというわけでもないだろうが、一応、わかってくれる人にはいずれわかってくれる、、、という期待を込めて、高度のメッセージがそこに込められている、、、そういう構造になればありがたい。
白人支配層よりの文化人の集まりであるベネチア文化などに、良い意味での殴りこみがかけられたらうれしいと思う。
もう白人も黄色人種も黒人もない、ひとつの共通文化としての和がきっと模索されることになる。
その際に、おいおい、昔、こんなDVDを作ったやつがいるよ、、、こいつは確信犯だな、、、、ということがいずれ伝わってくれればそれにまさる喜びはない。
CDの周波数限界をはるかに超えた10万ヘルツ以上の音、そして倍音がきれいに録音されている。
未来に残す私の玉手箱となってくれるだろうか。
そのロケが今週になります。




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 ご案内しましょう、あの人と固く結ばれる恋の結末へ

あの人との未来が確実なものになり、幸せな未来をずっと築いていくことができるよう、私がお力添えさせていただきます。

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2009年10月16日 (金)

ミスティ特集企画 「母殺し」脱稿

今月の17日に発売される雑誌ミスティの連載特集企画「母殺し」最終回は私の番だったのだが、つい先日やっと脱稿。
ずいぶんとご担当にご迷惑をかけました。ごめんなさい。
17日の発売だから、ほんとにぎりぎりだったことだと思う。最後の最後には森村先生からのアドバイスもいただいたりして、どうにか完成。
4か月連続企画という新たな試みも楽しかったです。
母との関係の異常から来る娘の人生の苦しみを、母殺しという心理解読によって楽にすることが目的だったこの企画だが、最終回では、実母から得たところの母のイメージと、実母から得られなかった母のイメージを、何かほかの母なるものから得ることで、両者を合体させて、とりあえず完成されたというか納得がいく慈母のイメージを作る。
それを最終的に実母に重ねることで、一応、母殺しを終える、、という内容にした。
実際に私も自分のケースでやってみたが、割とよかったと思うので、きっと幾人かの人は心が救われるかもしれない。
またそうあってほしいと思った。
本当に母との関係は複雑であるが、そこから永遠に抜け出ることはできないわけだ。
どこかで慈母のイメージを確立させ、それをまた実母に重ね合わせる以外に方法はないと思うが、それ以外にも、自分を不孝に位置付け、その運命に耐える、、、という自己肯定の方法もあるにはある。
しかしそれでも母なるものは必要だから、そこから逃げるとどうしてもいびつになるだろう。
勝手に完成された母のイメージを作ってしまい、それを実母だと思ってしまった方が手っとり早いし、問題も少ないと思う。
しかし母とは不思議な存在である。
悪い母という場合でも、娘はそれでも母の愛を求めるわけで、そこに悲劇が起こる。
慈母のイメージを完成させて実母に重ねるということは、実母との距離を無理なく開けられることにつながるので、運命が狂うことはなくなる。
考えてみればこの世のあらゆる問題の根もここにある。なんで金を独り占めしたいのか、、、金融を壊し、経済を独占してまでもそこに執着するのかは、母なるものの不在なくして考えられない。
怖いやくざのお兄さんの怒りには、母なるものへの怒りと復讐がある。
意地悪な上司、官僚的な冷たさ、、、これも母がこの人たちから何か重大なものをスポイルしたに違いない、、、その出がらしで生きていかなくてはならないのだから、冷たくもおかしくもなる。
学校でなんでこういうことをちゃんと教えないのだろう。不思議な気持ちである。

関係ないが、アメリカの銀行決算が素晴らしいという報告。
薄気味悪い現象が起きている。
見えない形での所有権の移動がその背景にあるのだと思う。その証拠に勝者が欲しがらない小さな銀行は凄い勢いでつぶれている。
金融と経済はいつ終えるかではなく、すでに終えているのだと思う。




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 もうあの人をあきらめるべき? それとも、3ヶ月以内に状況は変わる?

ここでは、今のあの人の気持ちからはじまって、3ヶ月以内に、あなたに対する気持ちは変わっていくのかをお伝えします。

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2009年10月14日 (水)

今日は東京

打ち合わせで東京へ。
昨晩は夢の中で縄文人には会えなかったが、皮肉なことに「ノーアイデア」という言葉が夢に出てきた。なのでしばらくは縄文人には会えないだろう。
しかし夢に尋ねる、、、、ということはこれはやって損はしないと思う。
わからなくなったら夢に尋ねる習慣を持つと、あちらの世界と仲良くやれる。あちらの世界とは、過去、未来、異界、無意識の世界である。
夢解きを生活習慣にしていたセノエ族には有史以来、戦争はもちろん一件の犯罪も起きてないということだ。
無意識と現実の和解と統合が存在の目的でもある。
それによって存在自体の目的化が不要となり、あるままの受容が可能になるためだ。
その手段として夢は誰にも与えられている。
そのことがわかると今の時点で3Dなどに夢中になる企業の貧しさがわかってくる。
これでは新たな市場は作れまい。心がわからないとこれからのビジネスはうまくいかない。何に投資をするかがわからなくなるためである。
ガラクタ的なものに投資する流れで多くの企業が追い詰められていくことだろう。
これは個人も同じで、自給750円程度なら、働かない方が儲かる時代となっている。
その時間をキッチン農園づくり、クリーニングをやめて洗濯時間に、また、交通費を浮かせて歩いたり自転車で、、、という形にすれば自給750円分程度なら同等以上となるはずだ。
ただし借金がある、現金がどうしても必要、、となるとこうは言っていられないことも事実だが、早く、こうした形がとれるような生活体制に持っていくことを考えたほうがこれからは得をする。
時間を自分側に取り戻すということだ。
その時間を生きることに結び付けていく作業。これで自然も復活し、美しくなり、農園も増えていく。
企業も国も最後の最後は私たちを救ってはくれない。むしろ反対で、私たちを使って生き延びようとするだろうから、ここは逆に考え、早く自分らの時間を取り戻して、その時間を生きることに振り向ける必要がある。
そこに楽しさを発見できた人から、新しい時代がスタートしていく。




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 今は苦労が多いけれど今後は運が開く?~あなたが必ず手にする成功

今のあなたは、大きな苦労を抱えているのかもしれません。その苦労のもととなる原因を知ることで、今後あなたの運は開くはずです。

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冬の星座

月が新月に向かっているので星がきれいに見える。気がつけばいつの間にか冬の星座に変わっていた。
来年の星の動きや運勢に関した仕事が増える時期で、なんだか今年も忙しい。

しかし、今年ほど、来年はどんな年か、、、と考えることに手ごたえがないのも珍しい。
世間的にもあまり来年の抱負や計画を聞かない気がする。
数か月後のことさえわからない、そんなムードが全体を包んでいる。一年後の自分を想像しにくい時代に入ったのだろう。
どうなるか、、、と考えれば、きっと今よりも悪くなる、、、そういうケースが多いはず。
しかし、どうするかと、能動的に考えると、結構面白い一年になっていく、、、そういう時代でもある。
個人の思いがこれだけストレートに自分の人生に繁栄されるときも珍しい。
大企業をはじめ、大きな組織や機構の力が急速に弱ってくることに反比例して、個人の思惑や意思が素晴らしい乗り物となってくれる時代。
本当はその方が自然なのだが、重厚長大化したこの100年を筆頭に約3000年はそうではなかった。
この約3000年は人間の悪意が時代を動かす原動力にあったと思う。
一言で言うならだましの時代だ。本当に個人はよく耐えてきた。
ここらで、解散合図が必要となるかも。
まだそこまでは行ってないかもしれないけど、戦争などでももう秩序だった戦いができず、敗退が確定した際には、解散となる。
それぞれ勝手に生き延びよ、、、ということだ。
今の時代も大きな変化の境目にあるのだから、指揮系統があるとかえっておかしなことになり、銘々が自由に生き延びよ、、、という意識とブームができると面白いと思う。
政治も解散を応援してくれる、、、そのフォローはしてくれる、、ということになれば素晴らしい。
大企業を富ませ、そのおこぼれによって民衆が生きていく、、、という気持ち悪い流れを完璧に断ち切り、最初から個人が自由にやっていく、、、という新しい流れが必要。
本来、その方が自然だったと思うが、縄文時代の集落などはどうやっていたのだろう。
1万年間争いらしい争いがなかったといわれるが、本当だとしたら凄いことであるし、そこには永遠性があったはずだ。
夢で縄文人に会い、一度聞いてみようと思う。
夢で異界との交流はしたことはあるが、縄文人とはいいアイデアだと思う。
そういうことが好きな人はやってみると面白いかもしれない。美しい冬の星座を縄文人も見ていたのだろうか。
シリウスを見つめる縄文人と心を合わせ、夢での出会いを期待することにしよう。




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 恋に草食的なあの人が肉食に変わるとき~2人の恋はこう動き出す!~

今まであの人があなたに対して草食的だった理由からお話しします。さらに、あの人が肉食獣に変わるきっかけや、恋の進展についても占います。

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2009年10月 5日 (月)

トヨタ危機

トヨタの社長が現在のトヨタの状況を、救世主を待つ状況と説明した。
恥も外聞もない正直なメッセージで心打つものがある。
さすがは創業者の魂を持っていることが伝わる。

トヨタをダメにしたのは、創業者ではなく番頭格の人物である。
奥田はとくにトヨタをダメにする路線を強行に歩んだ。低金利の罠を読めず、拡大投資路線を歩んでしまった。
国際企業になったというおごりから、民意と遠ざかり、若者に見捨てられた。
魅力的な車がつくれなくなった。
私は10年ほど前からトヨタの車に乗ると気持ち悪いものを感じて不快だった。
そのことは何度かこのhpでも語ったのでもう言わないが、トヨタはダメになると確信した。
おそらくトヨタが壊滅的なところまで大変になると読んだのは、私が最初ではないだろうか。

そんなことはどうでもいいが、それは時代読みの直観であった。
問題は技術でもセンスでもなく、体質なのだ。あの奥田の体質に私は国を滅ぼす軍人と同じものを感じた。
最後は創業者に投げてしまって逃げ出した。
トヨタは新生GMにアメリカ市場を奪われ、賠償金を奪われ、追い出されることになるのだろう。
創業者はもうトヨタの本質的な危機をよく理解していることが昨日の会見でわかったが、こうなると私はやはり気の毒に思う。
トヨタのことをさんざん悪く言ってきたが、ここは踏ん張って再生を果たしてもらいたい。
価値観、人生観、そこからの反省がなされているのだから、トヨタの再生はあるだろう。
戦争特需のような形での再生を拒み、人間性の新たな理解による再生でないと、またいつか来た道になるだろう。
このようなトヨタ的な変化がこれからいろいろな企業で起きてくる。
再生の柱に創業者社長が就いたわけだが、それができるのは、確かに創業者的な力だろう。
結局、目先の金儲けや知的損得に長けた人がよい時代をつくることなどこれまでも、またこれからも決してないのだ。最後は人間の魂が経済すらも動かしていく。




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 あなたが出会う運命の人の6つの特徴~経済力から性的行動まで~

あなたが出会う運命の人の「外見」、「性格」、「性的行動」、「経済力」……などについてお教えします。

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原稿締切り

日ごろの横着もあるのかもしれないが、月末、月始めもあり、原稿の締め切りに追われている。
もう少し時間があれば内容ももっと検討できるだろうが、相変わらずやっつけである。
小説などはじっくりとしか書けない仕事だと思うので、やはりいつかは書いてみたい。売れる小説などは無理だろうが、自分が納得できるものが書けるだけでよい。
それならば、時間を作ってどうにかなるかもしれない。
完成したら、内緒で何人かに見せるだけ、、、なんて、なんと贅沢な趣味だろうと思う。
一日400字詰め原稿一枚書くだけでも、年に200日書けば、短編にはなる。二年書き続ければ立派な小説になるのだから、誰だってやろうと思えばできないことはない。
誰もみな物語の世界を生きている。
これからの時代、絵に描いたようなものは必要がない。
小さな自分の真実の方が格段の価値がある。
最近社会的に偉い人にあうたびに何となく感じることは、こう言っては失礼にあたるかもしれないが、そういうことがまったく関係なくなるな、、、という直感である。
社会的な上下、上司やお得意、また親会社、、、そういう上の立場の人も下の立場の人も、まったくこれまでとは違った感覚が漂う。
急に権力を失った自民党代議士のように、どの会社の上の人も、同様の虚脱感を受けているような、、、そんな感じ。
多くの会社は今、何をしたらいいのか、わかってないのだと思う。
また、何かやったとしても、その効果がどう出るか、頭がよい人ほどどう出るかわからないと気づいている。
そう、行動のほとんどが徒労に終えようとしている直観がこれまでの縦型の世界に忍び寄っている。
自分の立場や権力をもって今なを威張って縄張りを主張しているのは、はっきり言ってバカばかりである。
マスコミはとくにそうだが、官僚でも頭の良い人は、やっぱり違うものを感じ取っている。非常に少ないが。

ところで、民主党は原発を推し進めるのだろうか。
これにはがっかりである。福島瑞穂なんかは怒っているかもしれない。
私は信頼できるいろいろな人に原発の安全性を訪ねたことがあるが、日本の原発は安全だという話しが多かった。
偏見のない人の意見だが、重大長から軽薄単の流れの中にあって、やっぱり原発には抵抗がある。
コスト的にも本当は見合わないはずで、何より、いざ何かあったときには誰が責任をとるのか。
責任取れない種類のものである。
実際、チェルノブイリ事故もスリーマイルズ事故も起きている。
原発の問題というのは、最終的にシステムの問題よりも、それを扱う人間意識の問題だから問題なのだ。それゆえ危険と言える。
事故や失敗をひた隠しするような体質の人間が扱ってはいけないものが原発であり、とくに中国などでは、人災が起こりやすい体質と背景がある。鳩山は原発に関してはもう少し考えるべきだ。
株式も天井感が出ており、またしても10月は波乱の月のスタートとなるだろう。
どこの国にも、もう株式を買い上げていく資金的な余裕がない。
ふたを開けたらびっくりが開く、、、そんな金融の状況のはずだ。




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・マドモアゼル・愛 ~悩める人の心を温めて続けてきた占い界の巨匠~

 あなたに約束された至福の恋、そして結婚までの道のり

あなたにはこれから、最高の恋愛……そして結婚に繋がる出会いが待っていますよ。この占いでは、その出会いについて詳しくお伝えしていきます。

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2009年9月28日 (月)

気づくまで続けられる攻撃

人は理由もなく精神的に苦しい時がある。
理由もわからぜにずっと苦しい人もいる。
原因は無意識と言ってしまえば簡単だが、もっとわかりやすく言うと、ずっと攻撃を受けているためだ。

何の攻撃か。おそらくは幼少の時代から続いている、命令や攻撃。
大体は親が原因である。
なぜ親が子供を攻撃するのか、、、それは親が未熟な場合に起こるのだが、極めてよくあることである。
未熟な親からの攻撃を大体の子供は受けている。それがあからさまであるなら、子供もやがてそのことに気付く。
しかし、愛情というバイアスがかかると、実態は見えにくいものになる。
子供は成長してのちも、なぜ自分が苦しいかが分からなくなくなる。
そして人の常として、原因は何か自分にあると思ってしまう。

だからこれは覚えておいたほうがいいと思う。
なぜか苦しい、よくわからないが、苦しくつらい、、、と感じたときは、それは外部からの攻撃を受けているという理解だ。

私たちはどうしても、苦しくつらい原因を自分の内部に探し、どこか自分に問題があるからそうなると思うが、実は、外部からの攻撃を受けることでそうなるケースが圧倒的に多い。
大体は親からの攻撃に気付いてないケースである。

苦しい時には自分ではなく、攻撃されているからだ、、、と考えるだけで結構楽になる。

男女関係でもなぜ、振られることがつらく苦しいのか、、、それは、振った相手は自分のことなどすっかり忘れていくが、自分は忘れられない、、、というパターンだと、実はここにエネルギーの一方的な流失が生じてしまう。振られた方のエネルギーは振った相手に行ってしまい、この構造が変わらない限り、吸血状態は続くのだ。
だから振られることはつらい。
冷たく振られた相手を忘れられない人は、自分のことなど目もくれないその相手に対して、ずっとエネルギーを与え続けることになる。
まるで魔術の世界に私たちは生きているように感じるだろうが、本当にそうなる。だから、人を傷つける人がおり、悲劇はなくならない。
それは巧妙なエネルギーの奪いあいが行われるためである。
心ないやくざのような人が新幹線のグリーン車でわがもの顔で弁当を食べ、その後、いびきをかきながら寝ているような姿を見ると、ああ、色々なところで奪って生きているな、、とわかる。
苦しみはこちらに原因があるよりも、攻撃のせいだという人生観があまりに少ない。
すべては自分の責任です、、、というのがはやりだが、はたしてそれは心的エネルギー搾取に加担する、この世のこれまでのシステム温存方法だったような気がする。



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 私、ずっとこのまま1人なの? その不安を解消します

鑑定をしていると、実際このような相談は多いのです。……しかし、かぐわしい恋の香りは、もうそこまでただよってきていますよ。

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2009年9月24日 (木)

母音物語りの録音

昨晩、母音物語のCDの方の録音を終えた。
スタジオで最初音どりし、その後、自然の中、そして森の中にある木の家でやった結果、スタジオ以外の音を使うことになった。
なぜ母音なのかというと、そこからすべてが始まるからである。
あらゆる音声は最終的に伸ばすと母音となるわけで、母音こそ生命発声である。
その生命音を言葉にしたのが日本語の特徴であり、子音と母音が組み合わさった構造には無限の可能性がある。
組み合わさりとは和としての音が日本の発声の基本にあるということである。
母音の生命発声を言葉にすることは、自然界のものへの語りかけ、コミュニケーションを可能にする。
風に、草木に、動物に、日本語は語りかけ、コミュニケーションをはかれるという自然観にたっている。
実際、虫の鳴き声を左脳の言語脳で聞く日本人の脳は、自然界の声を言葉として受け取っているわけだ。
こうしたことを可能にするのは、母音の言語化であり、生命発声を言葉とするところから、日本の文化は始まった。
それは異質の文化をも受け入れられる可能性を持つことに世界はいずれ気づいていくと思う。
その先取りとしての、母音物語であり、極めて野心的な試みであると勝手に思っているわけです。
日本語のそうした特殊性はおもに和歌により洗練され培われて、あらゆる日本の文化が育っていったことも、いずれ理解されていくと思う。
倍音の発声も母音の特徴であり、今回は倍音と高周波の収録にも特徴がある。
ただ、再生機の限界があるとは思うが、ブルーレイや高周波再生機に適応した少ないコンテンツの一つになると思う。




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 2人が末永く幸せであるために、あの人との絶対相性をお教えします

愛する人とは、やはり末永く幸せでいたいもの。2人の絶対相性を確かめてみましょう。

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おとめ座新月。再び信州

あさってのロケのため、明日からまた信州へ。なんだか行ったり来たり。
この寒さだから長野はかなり寒いのでは。
また音撮りだが、おそらく自然の中で声を拾うことになる。虫と一緒に歌うわけだ。

前回のリハでも、私が歌うと虫が追いかけてくる。そして競いあう。
最後は虫が負けてくれて、おとなしく聞いてくれていた。今回はどうなるか。
通常のCDは15000ヘルツ以上の音をあえて切ってしまっているが、今回の録音は10万ヘルツ以上の音もキャッチする。
これが効いてくる。音は耳だけで聞くものと違う。体で聞いている。体験している。これが本当の癒しにつながる。

しかし、再生する機械がこうした高周波の音を再現してくれない。
ブルーレイなどは別だが、他にも、ソニーが以前に出した、高音域もキャッチする再生機があるという。
意外に安いので、これを購入すれば、本物の癒しの音が再現できることになる。
今回のCD&DVDは、この再生機とセットで売り出したいくらいだ。
音の流れは、高品質に行くよりも、反対に粗雑でも簡易性重視で進んできた。
この流れをなんとか逆転できないかと思う。
通常の歌手の倍音よりも私の奏法ははるかに豊かな倍音が出るが、ホーミーやカストラードでは凄い倍音がきっと出ているのだろう。
ホーミーなどはそれを聞いたラクダが涙を流す、、、というほどだ。
倍音、高周波の音が、次の時代の一つのカギを握っているはずだ。
自他を乗り越える一体化に音、とくに倍音と高周波が関係していると思う。異質のものとの一体感、善悪を超えた統一世界、あらゆるものとの協力関係、、、これらはスローガンによって達成することはできない。
実体験である、リアルである、波動、その根底に音があり、生きた音、すなわち、制限を加えられない、倍音が物事を共振原理によってひとつにしてくれれる。
豊かな倍音を聞くと魂からの涙が流れる。
こうした理由のない涙は外界が自分と一体化する際の防衛がくずれたところに起因する。
人は決して一人ではないのだ。全体で協力し合ってひとつの命を生きている。
音がそのことを予感させ、体験させてくれる。純音重視の西洋音楽も素晴らしいが、突出した個の披露であり、拍手をもたらす世界となる。
それはそれで確かにみごとであり、完成しているが、音はそれだけではない。虫もトリも倍音を喜ぶ。
多くのものは分離よりも一体化を求めている。時代方向も大きく逆回転を始めた。

本日はおとめ座新月。星のローズ水プレミアムの調合を終えました。
詳しいことは愛ショップをご覧ください。土星が新月に合となる、古い叡智と関係する新月です。



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 ご案内しましょう、あの人と固く結ばれる恋の結末へ

あの人との未来が確実なものになり、幸せな未来をずっと築いていくことができるよう、私がお力添えさせていただきます。

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虫を無視すると、、、

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きょうは一日畑仕事。冬野菜の作付けをした。
横着になって、大根と小松菜のみ。
例年は9月の23日ごろにいつも畑作業をするけど、今年は寒いのでやや早めに作業した。
しかしそれにしても寒かったです。ちゃんと育つのかしら。

私の畑は一切、農薬を使ったことがないので、耕運機をかけると凄い数のみみずが出てくる。
しかし耕運機の刃にやられて、苦しそうにもがいている。
毎回、どうしたものか、、、と思っているけど、今回はなんだか確信した。こうした農業はおかしいと。
土をよくすくために丹念に耕運機をかけると、最初はたくさん出てきたみみずが、段々とすくなくなり、耕運機をかけ終えるころには、千切られた残骸が土に残るだけで、死の静寂が畑の土に訪れる。
それで完成、、というのだから、何かがおかいい。
無視を殺しておいて、はい、できました、、、と言っても、、、。

収穫するためにそこの部分だけを耕し、そこに住む虫を殺し、種をまいて作物を作る。
なんだか、収穫するための計画的行為がいつもひっかかっていた。
農業というと、現代では自然でよいイメージを感じる人が多いと思うが、収穫目標の農業には、なんとなく人間のエゴが感じられる。
実際、農業をおこなうと、そこには領地や収穫物を守るための軍隊が派生したのが歴史の現実だった。
農業と戦争は結構深い関係があるのだ。
本日、耕作しながら、たくさんのみみずを殺して農業に疑問を抱いた私。不耕起栽培があるらしい。
どうやらそっちが本当ではないだろうかと思う。
単位あたりの収穫量、、、という発想になると、農業は戦争と同じ構造になる。
新しい農業のイメージを作り、実験的にはじめて見るといいと思うが。たとえば、採取農なんか面白いと思う。

わかりやすく果樹で言うと、果樹畑というものはないかわりに、どこにも果樹がある。たくさんの果樹があり、欲しいひとは好き勝手に採取して食べてよい。
同様にして、ナスもキュウリもトマトも小松菜も、、、もちろんルールは必要、誰もが採取農業がうまく機能するために、一日に数分は必ず働く、、、というようなルール。食糧問題も一挙に解決したりして。
一か所に集め、そこで能率よく作物を育て、収奪しようとするから、農業と計算と軍隊が一体化してしまう。
倉に取り入れられるとどうしても守りが欲しくなるのだろう。

しかし、銀杏などは、大好きな人は朝早く銀杏並木などに行けば、拾うことができる。銀杏がもう少し多ければ、誰でも銀杏が食べられる。
そんな感じであらゆる野菜を採取する方法などあったら面白いのにと思う。
採取だから、最大効率でつくる必要もないし、不耕起でよくなる。そうなるともしかして、かえってよい味の野菜ができるかもしれない。

大根の種をかたい土にこぼしたことがあるが、そこで育った大根は畑のものよりずっと見事だった。
不耕起でも野菜は条件がそろえばできるのだ。
なにより、街中に、どこにもかしこにも、野菜が実り、果樹にはおいしい果物があふれる光景、、、これは素晴らしいではないか。
そういうところで誰もが暮らし、誰もがスーパーに行かないでも食べていける、、、それが不耕起だとできるかもしれない。
収奪農業は虫を殺し、ミミズを殺し、カエルを傷つけ、、、人間の利益のためだけに存在しているので、どうしても貧しくなるという構造を持っている。
新しい農業、人間を、動物を、虫を幸せにする農業がきっとあると思う。誰か、考えて実践してみてください。
結構大きな問題だと思います。

写真はミミズが死んでしまった静かになった畑。すでに大根の種は植えてあります。



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 気持ちが読めず不安なあなたへ……これがあの人の本心です

期待させるような態度をとったかと思ったら、急にそっけなくなってしまったり…。ここでは、つかめないあの人の本心と、2人の未来を明らかにします。

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2009年8月28日 (金)

21日に見た雲

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緊急地震速報が三芳観測所から出たけど、その数日前に、まさに三芳観測所近辺の空に突然垂直に湧き上がる雲を発見。あまり関係ないかしら。


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 今は苦労が多いけれど今後は運が開く?~あなたが必ず手にする成功

今のあなたは、大きな苦労を抱えているのかもしれません。その苦労のもととなる原因を知ることで、今後あなたの運は開くはずです。

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2009年8月25日 (火)

夏休み終了

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たった数日の短い夏休みは本日で終了。
明日はまたヒルズに戻り、日常が始まります。
とは言っても、今度の日曜日は歴史的な選挙があるなど、日常と言っても 激動の日常になるのだと思います。

夏休みのおみやげは、松の葉。
これをお酒につけて松酒を作るつもり。
とてもよい香りがして、なんとなく、体にいいような 気がするので、前から作りたかったもの。
松の葉を持って帰ろうとっと。

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 ドラゴンヘッドが定めた前世からの宿縁~この先二人の恋はどうなる? 

前世で二人は出会っていたかどうか、そして現世での相性を調べ、あなたとあの人の宿縁をひも解いていきましょう。

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怪しい雲3

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1,2,3ともみんな同じ上空からほぼ同じ時間に見た雲でした。
フォッサマグナ上空から関東方面に伸びるところが不気味でした。
私は東京には地 震はまだ来ないと思っている者だが、そのほかの場所はわからない。

きちんと調べたことがないからだが、地球規模の異変が起きており、その表れがいろいろな 雲や数値などに表れているのだと思う。
しかし日食以降、何かがやはり変わり出した気がする。
人間の思いや価値観の変化がこれからスタートするだろう。

変化 しだしたらきっと早いと思う。
あと、数年もしたら、ああ、自民党なんて、あったよね、、、。
となっていることだってありうる。ソ連のときもそんな感じでし た。
動きはさらに早いのだから、縁がつながりやすい時代に入ったとも言える。
ある思いを心に明確に抱くと、まるで用意さてていたかのような現実が即座に起 きてくる。

だからまるで自分が天に選ばれたような錯覚に陥る人もいると思うが、そういうなら全員が選ばれてこの時代に生まれてきたとも言える。
物事の達成 が早くなっている。
悪いことを考えればそれに見合う人がどんどん現れ、悪事も実現しやすくなる。
よいことを考えれば、同類の人が現れ、また実現を早くさせ る。

神がいろいろなステージを用意し、物事がなんでもはやく実現するように仕組んでいるようにすら感じる。
縁あるものがあつまっていく。
すべての人をあぶ りだし、それぞれの場所にそれぞれの事柄に縁ある人を集め、一網打尽にするなり、新時代を作らせるなり、、、、とそんなところなのだろうか。
あわれという のは、自分のことを神だと思っている人でありグループである。
それが本当ならば仕方無いが、そうではない。

知の限界が劇的に訪れようとしている。
しかし地 震や天災は公平にわたしたちに訪れ、私たちを困らせる。
悪人も善人もそれに協力して対処しなければならなくなる。
そうした計画もあるのかもしれない。

しか しもう人類は悲劇や苦労を通さなくても成長できる段階にきていてもおかしくない。
私はそう思っている。
もう戦争も地震も人身売買も薬物経済など、、、非人 間的な事柄を通さなくても成長できる時代なのだ。

生きるのにお金がかかるのはなぜ人間だけなのか。
お金のためにどんなに多くの人間の魂と肉体と精神が悩 み、病んだことか。
私は人間がお金のことで苦労することは不当であると思ってきた。

自らの欲望の結果としての苦労がそのほとんどであることも確かだとは思 うが、お金を支配し、人間を奴隷化した文明がここにあることも確かだ。

もう終えよう、そうした流れと違うものを生み出し、お金がなくても生きていける生き 方を実践する知恵、工夫、魂、精神、を信頼し、集結させようではないか。
地震雲がどんなあらわれようとも、それが現実になるとは限らない。

今はすべてのこ とが瀬戸際にきている。
あらゆる試練を通さことなく新しい自由な生き方を私たちは作っていかなくてはならない。
試みにあうことなく悪から自由になること。
工夫すれば、そういう意識になれば必ずできると思う。
私たちは不幸に慣れすぎてしまっている。

幸福はそんなに難しいものであるはずがない。
そうでなければ 人類はとっくに終えている。
これだけ好きなようにされ、経済奴隷化されても私たちはなんとか生きてこれた。
これこそが本当なら誰もが楽に生きられるという 証拠でもあるのだ。
戦争も必要なし。
地震も必要なし、病気も必要なし、悩みも自殺も必要なし、もうちょっとですぐにそういう時代が来る。
その条件は整いつ つある。

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 今これが最後の恋! あなたが一生に一度の大恋愛に落ちる異性とは?

これまでに、あなたはいくつかの恋愛を経験してきたかもしれません。しかし、あなたを待つ大恋愛はこれからやって来るのです。

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2009年8月24日 (月)

怪しい雲2

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かなり大きな雲だった。小さなうろこ状雲は10日ほど前の大地震を表すことがあるという話しを聞いたことがあるが、これはそれに該当するかどうかは、素人の私にはわかりません。三角状の見慣れない雲ではありました。場所はフォッサマグナ上です。


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 もうあの人をあきらめるべき? それとも、3ヶ月以内に状況は変わる?

ここでは、今のあの人の気持ちからはじまって、3ヶ月以内に、あなたに対する気持ちは変わっていくのかをお伝えします。

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怪しい雲

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先週の日曜日に見た虹色の雲以来、気になって空ばかり見ているせいかもしれないが、本日も怪しい雲を発見。


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 今は苦労が多いけれど今後は運が開く?~あなたが必ず手にする成功

今のあなたは、大きな苦労を抱えているのかもしれません。その苦労のもととなる原因を知ることで、今後あなたの運は開くはずです。

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やっと夏休み

と言ってもわずか2日ばかりと、今年は夏がなかったみたい。
大井のツインクルレースにも今年はほとんど行けなかった。
来週からかなり涼しくなるとかで、 やっぱり太陽黒点がないというのは、寒冷化なのかしら。お米のでき具合が心配だけど、あまり騒いでないところを見ると大丈夫なのか、それとも、インフルエ ンザのように突然騒ぎ出すのかしら。

最近はマスコミもふらふらしているのか、なんだかニュースを見てるとイライラすることがある。でも、死亡率が0.5 パーセントと言ってるのだから、一日に何万人もインフルが増えていったいるわりには、死亡者が増えない。

増えないのはいいのだが、話しの整合性に欠けてい る。
しかし夏にインフルはやはりちょっとおかしい、、、と感じるのだが。乳酸菌で予防し、お茶うがいなどで防御するといいと思うけど、ポイントは顔に手を 触れないことが大事なようだ。これから菌が強くなるとか言ってるけど、なぜそんなことがわかるのかしら。

強くする菌をばらまくということだといやなので、 予防対策はやはりとっておくこと。
面倒でやりたくないけど、仕方ないか、という感じ。
しかし選挙が近づくにつれ、インフル拡大アナウンスは意外にトーンダ ウンする可能性が高いと思う。それは高度のリサーチの結果、民主有利が大勢を占めることがわかると、今度は固定票と言われている自公の票が、ダメならいい や、、、という感じと、インフルの恐れで伸びなくなる可能性のほうが高くなってくるためだと思う。

というのも公明はともかく、自民党に入れているのは、国 で喰っている人か、その関連企業などであり、心がこもってない票が多い。
インフルの危険を冒してまで行くのは、手ぐすね引いて自公を落とそうとしている方 で、インフル騒動は結果的に自公に不利に働くの計算が本日あたり出ていると思う。
ので、おそらく、来週あたりから、インフル騒動は意外と抑えられて報道さ れるようになるのではないだろうか。

それでも騒ぐようなら、ワクチン接種の商売が目的なのだろう。アメリカではワクチンは強制するようだが、日本もそうし たいのだろうし、これは凄い金儲けになる。
一本いくらするかわからないが,おそらく何千円もするものを国民全員に打たせるとなると、莫大な儲けだろう。

せめて効かなくてもいいが、体に悪く、副作用があり、しかもインフルをかえって悪化させるようになっているような代物でないことを祈るばかりだ。スペイン風 邪のときはワクチン被害が実は大きかったという話しもあるので、利益しか考えない人間は本当に人類に悪いものをもたらす。

もうそういうことはやめたほうが いい時代だと思う。
もうそういう金儲けのためのインチキ的なことはやめて、本気でみんなの力を合わせてよい時代を作ったほうがいいよ。
けっきょく、面白い と思う、誰にとってもそのほうが。

悪いことをやめて人類のために方向転換した企業や人を、教育現場で、マスコミで、いたるところで本気で持ち上げ、人類の 恩人クラスの称賛を与えるのが私はいいと思う。
そうしたら悪い人は率先して方向転換を図るかもしれない。
なぜなら、最後の最後の欲求は、自分を人々が拝ん でくれることになると思うから。

恐怖で拝ませるよりも、悪いことをやめと功績により、本気でみんなに拝まれたほうが楽しいはず。
人間を苦しめた企業の上が それをやめて本気で人類のためになることに方向転換した場合、そのご当主のお屋敷の前を通る際には、子供たちは頭を下げて通っていく、、、人々も心から尊 敬し、名誉市民として中心にそえてやる、、、こうやって悪人を善行に引き戻さなければ、善人だけでは何もできない。

やっぱり実行力や頼りがいは、悪人が上 なのだ。悪人を実行部隊にして神の国を作らなければ本当のすばらしい時代は作れないと思う。
悪人を殺して、、なんてなると、殺した人がさらなる悪人となっ て、、、で、何代も何代も問題を大きくしてきたのがこれまでの人類の歴史でもある。
悪人も善人もみな自分のある一面の姿なのだから、悪人を許し、その力を 上手に生かしてあげれば、自分自身が救われる。善も悪もない。

みんなで力を合わせなければこれからの時代は乗り切れない。
理想を言っているのではなくて、 事実を言っているのだ。
嘘がばれた次の時代は事実でやっていくしかないだろう。

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 ドラゴンヘッドが定めた前世からの宿縁~この先二人の恋はどうなる?

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2009年8月12日 (水)

日食以降さっそく地震

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日食と地震はこれまでにも深い因果関係にあった。
日食後にはだいたい地震が起きている。
今回もそうだったが、これでもう大丈夫とは言えない。

いたずらに心 配してもしょうがないが、備えの必要はある。
もう少し上がちゃんと対応をしてくれればいいのだが、地震予測に関しても、政府や大学が絡んだようなところに はあまり期待できず、かえってアマチュアの地震予測のほうが説得力や真実味があるというのがこれからだろう。

上はどうしても、国民を助けようというより先 に、問題を起こしたくない、、、という姿勢が優先されるので、わかっていることでもあえて言わないという心配がある。
ただいまは政権交代時代なので、裏情 報がかえって出やすい下地はある。
あえて混乱を起こしたいと思うわけだ。
どちらにせよ国民は馬鹿にされている。

へびが道に何匹も出てきているとか、そうい う情報がけっきょくは役にたつ。
雲も同様。これだけ科学技術は発展したのに、それが国民のところまで降りてこない。
最新兵器をみれば、それがどんなにすご い性能かがよくわかると思うが、一般の人間を幸福にするためにはそうした発明や発見は絶対と言ってよいほど使われない。

とくに人間を自由にさせる技術は確 実に阻止される。
本当なら、もうほとんど病気などしない方法も、生活の仕方も、わかっているはずである。
しかしそうなると医療経済にうまみがなくなる。

医 療経済を支える根本の考えは、人を活かさず殺さずに延命だけは続けるという形。
私の家の犬はおととい死んだが、原因はよくわからない。
二度の手術をしたこ とがあって立ち直ったのだが、今度は食べなくなったのが自分の意思のように感じて、かえって延命治療はしなかった。

するとおとなしくつらそうなのは呼吸だ けで、そのままおとなしく死んでいった。
人間もきっと同じなのだと思う。
痛いとか苦しいとかいう状況でなければ、何もしなくてもいいのではないか、、、と いう考えはあって当然だ。
ほとんどの人が病院で死ぬ現実は異様である。
それも大体は苦しんで死ぬケース。
そんなばかながことがあるはずがない。あきらかに おかしい。

みな自分の時で考えればそう思うのではないか。
医者ががんにかかると、抗がん治療はやめてくださいという、、、おかしな話である。
もっとも効率 よく医療経済が、というよりも医療支配者がもうかる構図になっていってしまっているのだろう。

医者も看護師もその中にとらえられてしまっているだけで、昔 のように特に医者がもうかるわけでもない。
さらに上の機構を維持する者が莫大にもうかるシステムになりさがっているのではないか。
医療に限らず、すべての 場所でそういう構造が支配している。

だから世の中がつまらなくなっている。
世の中に色気がなくなっている。
生きている人間の芸術化が阻止されてしまってい る。
われわれの安全信仰をうまく使われてしまった。
人間はどこかで一度でもいいから、命知らずになって自分の本当にやりたい道に進もうとしなければ、もう 自分の人生を生きられないようにシステム化されてしまうのだ。

私が苦労しながらも比較的自由なことをやってこれたのは、青年期のやけくそな命知らずの生き 方しか、自分には与えられておらず、そうやっていく以外、なかったからだろう。
社会のシステムを信じなかったこと、システムのレ―ルに乗ってさえいれば、 必ずよくなるとは信じなかったことだが、そんなに立派な理由があったのではない。

失恋してもう自分は普通の人のような幸福な未来を信じることなどできな かっただけなのだ。
しかし今思えば、それが自分にはよかった。
失恋の痛みの方が、出世よりも大企業よりも東大の価値よりも上にあったというだけなのだ。
だ から、この薄気味悪くすら思える現代奴隷制度から抜け出す方法も同様ではないか。
立派な理屈などでは決して抜け出せない。

もっと本能的で、自分を捨てる覚 悟での叫び、あいつだけは許せない、、、この社長のいる会社で同じ空気は吸いたくない、、、自分の子供をこんなにひどく扱う者たちとはかかわりたくな い、、、満員電車が許せない、、、とか言う、エリートにとってはほとんど問題ともならない感情が後押しする形でのヤケの決断に命をかけられた時だけが、私 たちを救うことにつながるのではないだろうか。

利口な人にはそれができない。
そして多くの人は本当に利口なのだ。だから抜け出せなくなる。
自由に生きたい なら、馬鹿になって自分を芸術化して人生を演出していく以外にない。
安全信仰をもったらおしまいなのだ。

なぜならそこにこそ巧妙な罠が何重にも仕掛けられ ているのが、この社会の秘密だからだ。
結局、金融崩壊の最終段階は保険システムに行きつく。
安全という幻想が、信仰がこの100年支配の要だったのだ。
だ から個人は安全信仰を捨て、馬鹿になり、飛び出す以外に奴隷からは抜けられない。
わかりやすいことなのだ。

死の間際に病院に行くと、苦しい運命がもたらさ れるのだ。
金儲けに利用され、点滴で生きながらえさせられ、体力を無理やり回復されて手術の連続。
そしていよいよお金儲けにつながらなくなるほどまで弱っ てから苦しみながら死んでいく。
それが安全信仰だ。
安全信仰を捨てたからと言って、安全が損なわれるわけではないのだ。むしろ正反対だ。なぜなら、安全信 仰には、よってかたってはりめぐらされた幾多の罠がる。

それらこそ、ハーバードから東大から寄せ集めた主知主義の冷たい連中の罠が巧みに張り巡らされてい るが、それらに出会わなくて済むためだ。
彼らと違った世界に住むこと。違った世界を作ること。
違った世界同士で助けあうこと。何も戦う必要などない。

選択 詞で十分。それぞれ仲良く競争すればいい。
主知主義の彼らだっていつか病気になる、いつか失恋する、いつか死ぬ。
その時には、こっちのほうが楽しい よ、、、と招いてあげればいい。
争ったらこちらが負ける。

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 今は苦労が多いけれど今後は運が開く?~あなたが必ず手にする成功

今のあなたは、大きな苦労を抱えているのかもしれません。その苦労のもととなる原因を知ることで、今後あなたの運は開くはずです。

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2009年8月 5日 (水)

健康法

世の中には色々な健康法がある。私も昔から色々と凝る方だった。
そして思ったのは、本当の健康法は、あらゆる健康法をやらないことだと気がついた。
なんでも大体やり始めの頃はよく効くので、これは素晴らしい、、、と思う。

しかし本気になって続けていくうちに、かえって良くない結果が起きてくる。
健康法ではなかったが、おなかの中で繊維質が膨れて満腹感が出てくる、そのため、ダイエット効果があるので、自由にたべてよい、、、というので本気で食べたこともあるが、胃袋が大きくなってしまった。
そりゃそうだろう。繊維質でおなかを膨らませた上にたくさん食べたのだから。

そのダイエット法をやめたあと、しばらくは空腹に参った。まったく逆効果だった。
ダイエット法や健康法は、効かないどころか、その多くが逆効果となるところがすごい。

あらゆる健康法は不足意識から来る。
オーケー、すべては整っている、、、という安心感とは異なる。
自分自身になんらかの不足感をいだいていると、どうしても健康法やメッソッドにこだわりやすくなる。

そして結果は制反対。人は何事も不足から出発しないほうがうまくいく。
裸で生まれてくるのだから、どうにかなるようになっている。
その意識は神に自分は守られる、、という安心感でもあり、任せられた神は悪い気はしない。
どれもかわいい自分の子供である。
安心して任せてくる子供を困らせるわけにはいかなくなる。

しかし、中には、不足感を胸いっぱい、体いっぱいにたたえるこどももいる。
親が持ってきた餌もどこかに隠してあとで食べるような不審感丸出し。
これでは神も、ああそうですか、、自分で対処したいんですね、、、と言って突き放したくもないけど相手の思いを尊重する手前、構わなくなる。
だから人生はどうしてもきつくなる。

考えてみれば、底なしの貪欲さによって世界に君臨する大企業などは、こうした不足感からでている。
常に自分が主導権を持って狡猾にでも自分に有利な絵を常に作り続けようとする。
そこには神の守りは少なくなるので、人間を幸福にしないシステムになりやすくなる。
そして貪欲さのためにそのよくの重みによって沈んでいく。
そういうことが何十年、何百年に一度起こる。今はまさにその時。

パラダイムは変化したが、人の意識はそれよりも数年は遅れる。
だからいまのこの時点で、まだお受験だとか、出世だとか、に本気でこだわって人生のエネルギーのすべてをそこに注ぎこもうとしているような人は、もっとも損するはずだ。
沈んでいくものに全財産を賭けることになるので、損すると思う。

しかしその人たちには、本当の仲間や密な人間関係や、豊かな家族関係や、損得抜きで得られる喜びの重視、、、と言っても、ピンとこないと思う。
結局はカルマにひかれるようにして私たちは自分の人生を生きていくことになる。

健康法にはまっている人には、今やっている健康法は信仰と同じだ。
不足を埋めようとする試みは信仰になりやすい。
欲張りはそこそこに、、、という楽しみを失なう。
しかし人生の豊かさを得るためには、あらゆるバランスやなんでもそこそこにという感覚が大切になってくる。
いつでも私たちは答えがひとつではない世界に生きているからだ。
ひとつの答えを得ようとすれば、答えにこちらの人生を合わせなくてはならなくなる。
儒教のつまらなさはそういうところにあるのかもしれない。
自分が何者か私たちはわからなくてもいいのだと思う。それは自分が決めることではないのだから。

そういう受用の意識になると、現在の自分を取り巻く一定条件の中で、私は何者です、、、という立場が逆に取りやすくなってくる。
そうなると人生は形の上では必ず発展する。
大本の自分はわからなくてもいいが、外的な部分での自分の立場ははっきりさせる、、、この意識が備わったら、人生においてまず私たちは悩むことは少なくなる。
おかしな人というのは、大本の自分のイメージをおそらく幻想によって決めつけ、現実のステージでの自分の立場を曖昧にしたがる傾向がある。

関係ないですが、有名人アメブロの許可が降りたので、来週あたりからそちらからもアクセスできるようになると思います。

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2009年8月 4日 (火)

歌手デビュー?

もう数十年前、ルルラブア先生とカラオケに行き、先生は私の歌を真剣に聞いていたが、あとで、一言、愛ちゃん、歌手になったら。
と言ってくれた。

ルル先生はそういうことを冗談では言わない人だったが、その時ばかりは冗談だと思ったが、うれしかった。
そしてこの年になって本当に歌手デビューの機会が回ってきた。

私のCDとDVDを作って売ってくれる、、、というありがたすぎる話しの打ち合わせがあった。
売れなければ一本きりで終えてしまうだろうが、そこはなんとか新たなジャンルを作って頑張りたい。
作ってくださるのは、私の声を分析してくださったHさんのグループだが、十万ヘルツまで録音できるやりかたで体験できる音楽への挑戦となる。

体験できるとは、音は耳だけで聞くものではなく、波動が体全体を通過する振動である。
このことをよく理解していただいているので、話は早い。
高周波と倍音の発生にお墨付きを得ているので、そのことも数値を出して説得するということである。

今回はそれでもおとなしく基本にのっとって、和歌披講の形が基本になると思うが、もし次があるとしたら、音の可能性を追求した、きちんと数字でも証明することができる形でのヒーリングボイスとして、たとえば、母音物語、、、というような歌を作っていくつもりもある。

発声、叫びであったウーという音から私たちは生まれてくる。
あらゆる存在の出発は、うごめく、ウーの音であり、それがだんだんと洗練されて言葉としての発声であるウーへと変わっていく。
日本語の特徴は、母音が言語としてかわっていくのだが、その過程を表現し、母音発声の神秘と力、そして可能性、を母音物語とする、、そんな試みだ。

ただし、今回のDVDがまったく売れなければ次もないだろう。
歌の神様の機嫌しだいである。

しかしこれからは、病気の治療もストレスの解消も悩みの解消も、音治療の分野が広がることは間違いない。
おそらく本命になってくる。
音は物質を貫通し、不要な固着を取り払い、空気を変え、うるさい霊たちを黙らせ、場を清め、聞く人に行動から得たものと違う体験をもたらす。
発するものと受け取るものとの響きあいの体験は、あらたな次元の喜びをもたらす。
これはマイク音では実は難しい。

マイク音を否定するものではないが、音にはデリケートな特性があるので、マイクを通すと美しいノイズであることには違いなくなる。
否定はできっこないのだが、リアル音の可能性に対する追求はあまりにおざなりになっていると思う。
そうした思いを抱きながら、今回の仕事をさせていただき、発売は来年早々になると思います。
      

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2009年7月30日 (木)

漠然とした不安

漠然とした不安と言ったのは、確か太宰だっけ、それとも芥川だったっけ、、、ちょっと忘れたけど、彼らが現代に生きていたら、漠然どころの話しではないだろう。
時代の変化に対応するように人間の脳波も何かをとらえ始めていると思う。
独特の不安や胸騒ぎ、体調の異変によって感じる人も多くなる。なんとなくいやな予感など。
これらは快適なものとは違うが、人間はまだ見ぬ知らないもの対しては、どうしてもそうした反応をしてしまう。

たとえそこに新しい、可能性があるとしても、初めてのものに対応する際には不安を伴う。
感情はだからいつも間違っている面が多い。
感情のままに生きると、すぐに立ち行かなくなるのはそのためである。
感情に真実はあまりなく、感情は感情として味わいつくすことで、それを処理し、現実活動には持ち込まないようにすると、自分を取り巻く実態がよく見えてくるようになる。

しかし何らかの変化が近い気は確かにする。
というよりも、多くの人間がそうした波動を受けて感じ取っていることがわかる、、ということで、幕末のええじゃないか、、の踊りではないけど、何にそうした不安や期待や感情が乗り移っていくのだろうか。
現代では本当にそうしたものが少ないので、個々はつらいと思う。

アメリカのキリスト教原理主義はよく批判されるが、やり方はとても上手だと思う。
彼らは、両手の平を上に向けて、天の気を受け取るようにして、異言を語るように教えられる。
ムニャむにゃむにゃと、意味のない発声を出し続ける。それによって、天と自分がつながるように仕向けて行く。
すると聖霊が下りてきて自分を包み、時に意味あるメッセージを受け取る。子供などは素直なのですぐにトランス状態に陥る。
むかし、聖書に書かれた、ペンテコステと同様の現象が起きてくる。

アメリカのキリスト教原理主義というのは、単なる教条的な教え集団ではなく、こうした霊現象を伴う形での普及なので、体験からくる強さが確固たる強さとなっている。
これがアメリカ版のええじゃないか、、になっていく可能性は十分にあると思う。
不安に押しつぶされそうな人が、キリスト教原理団体に行けば、トランスとなり、神とつながったと思える体験をする。
これははまるにきまっている。

そしてそれをイラク戦争の正当化、白人の正当化に、神をつかって結び付けていくのだからすごい話だが。
アメリカにはこうした生きている形での宗教国家の一面があるということだ。

日本ではどうなのだろうか。
日本の宗教では、メジャーな現代宗教では、そうしたトランスに入っての神との交流的現象はすでにないのではないだろうか。
カラオケとお酒により、かろうじてあちら側とつながる程度。
人間の能力と特徴の中には、こうした本質的なものとつながる力がいまでもあるのだから、本当の奴隷制度となると、上はこうした人間の特性をどこかでつなげ、解放させる必要が出てくる。
野球や娯楽がその代わりだったわけだが、あまりに日本では急に奴隷化が進みすぎたため、吐け口がなく、煮詰まっている。

男子は会社と結婚させられ、がんじがらめの奴隷状態にある。
女子も結婚しようか仕事をつづけようか、どう生きていけば生きられるだろうかと、、安心を求めるあまり奴隷状態。
と言ってトランスして自分を解放させるものは何もない。
まあ、本当に漠然とした不安が蔓延する状況はあると思う。

梅雨は明けても梅雨空が続き、信じられない集中豪雨が多発。
昔は確か50ミリ以上の雨のときに猛烈な雨、、と言っていたと思うが、現在ではそういうことがしょっちゅう起こるので、50ミリでは非常に強い雨に格下げされてしまったようだ。
猛烈な雨は60とか70でないと使わない。そんな雨は滅多に降ることはなかった。しかも同じ場所に長時間続いて降る。

ひふみ神示だったと思うが、何十日も雨が降り続いたら、どうなるか臣民にはわかるまい、、、というような内容があった。
大地がくずれ、泥の海になるということらしい。
私のところは強粘土層の新潟地震の被災地域と似たような場所なので、豪雨は非常に危ない。
豪雨のあとに地震があったら山が消えるようなところも出てくるかもしれない。
これは漠然とした不安どころか、きちんとした心配ごとでもある。

さらに心配は、本日は親類の小さな子供を二人も連れてこれから東京へ仕事に出かけることだ。
誰も見てくれる人がなく、私に御はちが回ってきた。子連れの仕事となる。

まずはじめにニッポン放送に連れて行く。
収録中に何かスタジオのものを壊しだすのではないかと本気で心配している。
それが終わったら、せっかく東京に来たのだから、放送局のレストランで何か食べさせ、そのあと、港区の元新明神社に行き、披講学習会がある。

私は会費を集めたりしなくてはならず、どうしても子供たちは勝手に動き回るだろう。
しかも2時間もだまっておとなしくしてるはずはないだろうから、きっと歌の邪魔をする。
まあ、どうなることやら。

帰りはかなり遅くなるので、途中で寝出すにきまっているが、早く寝てくれれば救いにはなるけど、担いで子供を車に乗せ、降ろし、で、すべて終えるのが夜中の1時と読んでいる。
その後、メールチェックや仕事の催促があるにきまっているので、それに対応すると、なんだまた寝る時間がない。
そしてまた明日早朝から続けて東京。ほんと、夏休みはつらい。

きょうのブログもだから早めに書いている次第。そう思うと漠然とした不安なんて贅沢なものだ。
子育て中の主婦などは通常そんなことは考えもしないだろう、目の前の戦いに明け暮れているわけだから。
全然漠然じゃないのだ。

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2009年7月27日 (月)

昨日はありがとうございました。

無事に星と森国際短歌大会も終了した。
このブログを読んでかなりの人がいらしてくださったようです。本当にありがとうございました。
忙しくしていたため、お話しすることもできませんでしたが、ありがとうございました。
披講というものに触れた感想などお寄せいただけたら嬉しいです。

来年の歌題は「逢う」となりました。
心打つ恋の歌などが出てくるのでは、、、と期待しています。
多くの人は、歌なんて、趣味や生活の潤滑油程度にしか考えてないと思う。
とくに社会に出て何十年にもなるとそんな風にしか捉えられないだろう。

しかし、それは違うと思う。
歌がなければ、おそらく文化はもちろん、文明も人間の発達もなかったと思う。
さらに言えば、人間にとってもっとも大切なものが歌だと言ってもよいのではないか。
少なくとも、何度も言うが、五輪真弓の「恋人よ」一曲で、ユダヤ金融資本以上の価値があると思ってよい。
ホーミーなどはラクダまでが涙を流す音楽だ。

金融資本には命はないが、歌には命がある。この一点で優れている。
金融資本は命がないどころか、命を奪う、戦争を起こして金儲けをする。
問題外。
自民党もこうした流れの政権だった。

要するに、幸福を求める政党ではなく、金儲け、それも一部の金儲けにしか関心がない政党だった。
国民は本気で怒った。当然である。

だんだんと20世紀の歴史自体におかしなものを感じだす。
戦争は本当に必然だったのか、、そうではなく、誰かが、一部の利益のために作った装置だったのではないか。
911などは確実にやらせだったのではないか、、、もう証拠がそろってしまっているのだから、弁明のしようがない。
だから、911などの疑問点の指摘に対しては、キチンとした説明などしない。
黙止するのみではないか。

疑問点をインチキ呼ばわりしたら、本当だということがばれてしまうから黙止以外ないのだろう。
アメリカはFRBのインチキに関しても、議会が迫りつつある。
ドルをどのようにどのくらいつくるのかは、アメリカ人とは関係のない、一部の人が握っているという不思議。
しかもそこは秘密が守られアメリカ人はどうすることもできない。
しかしここにきて、あまりにあまりなことなので、議会の半数以上が良心に従って秘密の開示を迫りつつある。
このままいくとどんどん殺されるのではないか。
議員だろうが何だろうが、FRBにたてつくものは大統領でさえ殺されるのがアメリカの伝統。
要するにアメリカも乗っ取られている国だということ。
だからあれだけ疲弊した。
アメリカ人はだんだんとこうしたあまりにひどすぎる秘密を知るにつけて、単純だから暴徒化する可能性が指摘されている。

どうせニュースには出さないのだろうが、そうなる可能性が高く、失業率20パーセントは超えてくる。
そうなると暴徒化がアメリカの最大の危機となる。
これにそなえて、新たな刑務所やアウシュビッツのような収容所がいたるところにできているという不気味な話しも聞いた。

本当に私が心配していた収容所列島の可能性があるというわけだ。棺桶が5000万個用意されたとかいう具体的な話しもある。どんな暴動なのか想像もつかない。

マスコミが事実を伝えない罪は、あと数十年後には最大の罪の一つになる。
医療金もうけ主義とその体制。半病人にして医療で儲ける経済。
がんをなぜ切ったのですか、、、抗がん剤殺人医療、、、20世紀の人類に対する所業の気持ちの悪さは地球史のなかでも特筆されることになる。

難病こそ難病どころか単純なことだった、、、ということにきっとなる。
難病中の難病の統合失調症も、おそらく普通でないことを敵視、異常視した社会病理の結果であり、実は単なる個性であった、ということになるかもしれない。

それどころか、子供時代からお受験競争、、学力競争、、、就職競争、、、というものを本気になって真剣にやってきて大量の本物の馬鹿を創出した20世紀人と20世紀社会の病気が語られるだろう。
一番利口で優秀な人間が劣った人間を支配する、、、という信仰が20世紀最大の病理だった。

本当に利口で優秀ならそれでもわかるが、違うから困ってしまう。
歌の価値もわからない人間が人間を支配したらとんでもないことになる。
主知主義は結局狂喜に至る。知は最終的に狂喜にいたる事実をわからないものが上に立つ。怖いことである。

だから金儲けのために戦争も起こせる。
一方は善意、一方はだまそうとはじめから思っている人がいたわけだ。
多くの善意は、はじめからだまそうと思っているものの悪だくみに、当然勝てやしない。
そうして、だまそうとする者たちが当たり前だが勝った、、、独り占めした、、別に優秀だったからではない。
というだけの話しがこの数百年の歴史だった。
悪意と善意が同居し、ずるい悪意が勝った。当たり前ではないか。
トランプゲームをして、ずるをして勝つ、、となれば誰だって勝てるにきまっている。それを優秀などということこそ馬鹿丸出しの理論。
こうしたインチキ勝者はほうっておけば必ず自壊するのだが、我々も道連れにされる覚悟は必要かも。
せめて日本はぎりぎりのところで次の時代ステップに進める可能性があるので、さてどうなるか。
アメリカはかわいそうだが、もしかしたら強制収容所列島になっていく可能性がある。
このところの株価上昇などで、景気も最悪期を脱した、、、ということになっているが、面白すぎる話しである。

いま、どんなに株が上がっても、アメリカでも日本でも、個人はあまり潤っていない。
そんなにもうけている人はいない。
一回目でのリーマンショック以降、しかし着実に、低位相がやられた。
もっとも貧しい層にあたる多くのものは裸のまま世界に放り出されてしまった。日本でもこれは同じである。

まず、弱い層からやられる。
そして上位層の傷を受けてないところの一部の金が今度は市場にはもう投入されて、株価は上昇に転じる。
さらに政府資金が買い上げで支えるので、株価はあがる。

次の目標は、一般層の崩壊である。
最初は下層壊滅段階。次は一般層壊滅段階。
そうなっても上位層は痛まないので、また株価は上がりだすかもしれない、、、そうやって日本がダメになっても、切り離した破滅層は経済統計には乗らない。

残った者たちだけでの経済指標を出す。
ゲームに残った者だけでの指標であり、金を持たなくなった多数の者は存在がない、という形になっていく。
そして次に中間層壊滅、、、そして最後は上位層も壊滅、、、、しかしなぜか経済指標は常に悪くない、、、という妙なことになっていくだろう。要するに、落ちた人間はもう数に入らない。
残っているところだけは活況にしておけばこの手品は使える。

考えてみれば、近代化というのがその手品だった。
我々は科学の発達によって恩恵をこうむった、、、ということになるが、笑わせてはいけない。その犠牲はなんだったか。

第一次、第二次大戦での大量殺りく。
さらにそれを上回る共産主義の殺戮、資本主義殺戮もこれから始まる、、、エイズなのか、サーズなのか、鳥なのかは分からないけど。

交通事故もそうであるし、自殺もそう、医療殺人も同じ、薬物殺人、添加物殺人、低周波殺人もあるでしょうし、資本主義での殺戮方法はマスコミさえ支配化におけば、なんでも実は自由。
そんな犠牲の上での話。

こんな卑劣な犠牲があっての恩恵など、人類史的には意味ない。
なので失業率が90パーセントになっても経済指標は良好、、、という新たなインチキ方法が生み出される。
金を持っている人だけでの統計であり、指標における経済の活動である。
落ちた者、壊滅した層は指標とは関係ない。人間ではないというのと同じ。

だから株価がこれからどんなに上がっても、市民的には儲ける人などいない。
みなそれどころではなく、株などやってられない、、、という層が多くなるが、余裕がある層は儲かる。
国も買い支えをするので確実。アメリカもイギリスも同じやり方。だから株は上がる。
しかしいずれまた崩壊する。

そして次に中間層をなくし、上位層もなくして、ごくごく一部の勝利者を作るのみ。
だから何度も言うが、最後の金魚すくい段階に入っているような状況。
ほとんどの金魚はいなくなっているが、まだまだ目ざわりなので、一匹もいなくなるまで市場は開けておく。
そしていつでも市場には可能性があるように見せかけて何回でもすくいあげる。
落とされた人間は数にいれられない、、、。
最終的には独り勝ち状態となり、そうなると法令を超越するような特権もそのうち生まれてくるのだろう。

ポルノ所持逮捕なんて、その典型になりえる。
あれは都合の悪い人間をのきなみ逮捕できるために国が作ったものと言っても間違いない。
理想を言えば、ひとはもろ手をあげてついてくる、、、、という習性を上はよく利用する。
まあ、いずれにせよ、いろいろなところが露骨にその本質を見せてくる。

国に負債を負わせて、国家の完全負けの時代にこれから入る。
勝ったのは一部企業。すごすぎる金持ちのみ。
企業が国に代わって民衆支配に乗り出してくる。
ないところから物を買わせ、人を苦しみの底に追いやった企業体が民衆支配に乗り出すというのが、冥王星が山羊座に入った時代。
対抗できるのは、人情と自然な文化の力。

企業は命を生み出せず、命を殺してきた。
そして負けた民衆の目覚めがあれば、革新的科学技術を個人レベルで使って対抗できる。
さらに私たちを本当に守るのは、この技術革新の個人利用化と、文化を愛する気持ち、その波動である。
歌である。

歌、文化が私たちをこれから守ってくれる。
神も企業に乗っ取られている。
ニーチェは正しい。神は死んだのだ。
というよりも乗っ取られ、私たちが言う神はすでに企業のものとなっている。

かわって私たちを守ってくれるものは、世間に出ている神でも宗教でもない時代に入る。
私たちを最後まで必ず守ってくれるものは、歌であり、文化の喜びである。これだけは奪えない。

神は文化に鞍替えされて生き通しとなっている。
歌があり、言葉があり、それを語り、歌うものが居続ける限り、神は私たちを守り続けられる。

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2009年7月25日 (土)

好評「母殺し」

現在発売中の雑誌ミスティの企画でやらせていただいた、「母殺し」の特集が好評だという。
何度も読み返している、、、読んですごく楽になった、、、などの反響が多く寄せられているとか。
森村あこ先生、松村清先生、と私の3人の座談会からこの企画ははじまった。
以降、毎月各先生方がひとりづつ担当して、全4回通しという珍しい形。私も次回以降が楽しみである。

自分と両親の関係というのは、一度意識的にとらえなおす必要がどうしてもある。
とくに母との関係は強力なのでどうしてもその必要がある。理由のない不幸感、焦り、など。
また、親といるとなぜかエネルギーを失う、、、という人は母との関係に何かがあると思ってよいかもしれない。

一度母との関係を整理し、無意識的な母との関係を断ち切ることでしか自由になれない。
自分の人生を始めることができなくなる。これを、あえて「母殺し」という強い言葉で語った。

この4回連続特集が好評なら次は、父親不在国家日本の特殊性から、「父探し」なんか面白いのでやらせてもらえないかと考えている。
人生の問題とは、すなわち両親との心理的な問題でもあると言える。そこから来る他のものへの投影が難しく思える現実を映しているにすぎない。

明日はいよいよ短歌大会。
歌というリアルな体験の喜びがあるのでここまで続けてこれた。
この世もリアルな実体が私たちを支えており、悲しみも苦しみもノイズも本当は実体ではないのかもしれない。

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夏休みスタート 短歌大会のお知らせ

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私のことではありません。世間は夏休みがスタートする時期を迎えたようですね。

私はやっと昨日、エクリプスソープの発送を終え、今度は星と森国際短歌大会 の準備というかぎりぎりの支度でおおわらわです。なんでこんなに忙しいだ、、、と思っていたら、いろいろなことやりすぎてるんじゃない、、、というお話し が。確かにそうかも。しかしどれも大事なことばかりで。だからこそやることとやらないことを本当は選ばなくてはならないのですが、とにかく色々やってしま う。そのため睡眠時間が減らされてしまう。こういう流れはダメですね。今度こそ変えるつもり。しかしまだあと数週間は無理でしょう。

ここで、星と森国際短歌大会のお知らせ。
こ れは私が主催する短歌大会で11年目を迎えます。まいとし3000首ほどの和歌の応募をいただき、その上位3首を、実際に披講する式をやります。
入賞歌を 披講する民間最初の会で、それ以降、これを取り入れて下さる会が増えてきています。と言っても、披講できる人が少ないので、私どもが出張して披講するケー スがあり、ありがたいことです。

 7月26日 午後3時から4時まで。
 日本出版クラブ会館 きくの間  3f

神楽坂にあります。飯田橋からも行けます。場所などはhpで調べてください。

和歌を実際に歌うことは、不思議な感動があります。いくら詩歌を文字で追っても限界がありますが、歌は体験できる世界ですので、そこから得られるものが貴重だと思います。

式典は無料でどなたでも参加できますので、聴きたいと思われた方はいらしてください。無料です。受付がありますが、愛先生のhpを見てきました、、、と言えば、まったく問題ないようにしておきます。

ただし、3時ぴったりに扉を閉めてしまい、以降は演奏の静かさを維持するために入れなくなりますので、3時前に着くようにしてください。こんどの日曜日の午後3時です。写真は奉納歌会の模様で短歌大会は洋服で行うスタイルです。

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2009年7月23日 (木)

皆既日食記念エクリプスソープを終えた

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本日0時より始めたエクリプスソープづくりの最後のソープをただいま固形中。
2時間途中で居眠りしただけであとは休みもとらず作業続行。
本当に丸々一日かかってどうにか予約分を作り終えた。

写真は出来立てのエクリプスソープです。
手前のイエローの方。
後ろは海のイメージでラぴス原石を置いてみました。飾りです。


さあ、これで日食も終え、半年から数年かけて、これまでとは違う、、、という時代の流れになっていく。
数日前には、木星に地球大の巨大隕石が衝突したらしい。
太陽黒点の突然の発生といい、太陽系の動きが激しい。
木星に巨大隕石衝突は予知できなかったのだろうか。

以前はシューなんとか彗星のときには、かなり前から木星に隕石衝突の予報がでていたけど、今回はぶつかってみてはじめて知った、、、という感じ。
しかし地球規模の隕石ってなんだ。そんなのあるのかしら。

要するに軌道を持っていた彗星なのだろう。詳しいことは調べてないのでまだわからない。
しかしこれもまた大きな意味があると思う。
数年前にやはり木星に7個ぐらいの彗星が衝突してしま斑点の状態が乱れたり、木星にすっぽり穴があいたように見えたが、あの時も、木星の力が何か変わった気がした。
本来の木星の働きと異なる影響力となったように感じた。その状態は今もまだ続いている。
木星はこのところ痛めつけられているわけだ。

占星術がいう意従来的な木星の意味が変化しているように感じる。
この感覚は私は木星がさそり座に入ったころにふと感じ始め、いて座に回帰したとき、間違いなくそうだと思った。
木星は占星術では最大のベネフィックであり、天のサンタクロースと言われるほど、多くの幸運を私たちに与えてくれるが、そうした木星の意味が変わりつつある。
拡大された意識、集合している意識、という観点が大きくなっていて、目先の利益や損得とどんどん離れた意味になっていっている。

今回の皆既日食に合わせるようにして木星に彗星が衝突するというのは、こうした集合意識に対抗する策動があるのだろうか。
どこかの銀行の履歴がすべて紛失するというあり得ないことが起きてるらしいが、悪事を隠すためにはなんだってする、、という露骨な段階も始まっている。

木星はネット社会の発展にも影響を与えたと思うが、ネット通しでの意識の拡大、そして連帯、をはばもうとする動きが今回の彗星衝突と関係しているかも。
情報体系を一度ご和算にいずれされるかもしれないね。
間違いなくこの世は一部の人たちのために都合よく動かされている。そのことを多くの人が勘づきだしている。

日本では自民党に大勢の人がいかっているが、大急ぎで国民に隠さなくてはならないことがきっとやまずみ状態なのだろう。
かなりでたらめな無理を通そうとしてくるだろう。
皆既日食を境に、民衆と上との対立がはっきりしてくるようだ。マスコミがどう態度を変えてくるかも関心を持ってみていたい。
今のところ自民と従来勢力にあきらかについている。
しかし現実がわかってくると、なんだか独特の寂しさを感じてしまう。

多くの人は、ふつうの家に生まれ、親に愛され、幸福を願われながら育つ。どこの国でもどの地域でも同様だと思う。
そうして成長していくことは幸福につながっていくと誰だって信じようとする。
しかし私たちが育つ世界が、実は冷たい者が上にいて、冷たい者のためにしか私たちの存在意味を認められない、、、としたら、それはさびしいことなのだ。

冷たい者は、私たちのことを単に労働力として見る。
単に肉体として見る、単に邪魔者として見る、単に臓器として見る、単に支払い者として見る、単に自由に扱える軽い存在として見る、、、そういう中で夢と希望を持って生きてきたわたしたち、そして人間。
それはあまりにいとしく、あまりにあわれではないか。

学生時代には芸術を語り、ソポーツと楽しみ、旅行に行き、本を読み、そして恋をする、、、しかし社会に出てだんだんと私たちはいろいろなものを失っていく、すべてがお金や仕事に置き換えられてしまい、そのことをあたりまえだと言われる。
恋すらも、出産すらも私たちは、仕事の責任の前に放り出すしかなくなる。これを間違っていると、そろそろ言わなくてはいけない。

時間を取り戻さなくてはいけない。誰の時間を生きているのか。走って電車に飛び乗るのは、誰の時間のためなのか。上は逃げ出している。

いま自分の時間を取り戻すのによい時になってます。
学生の頃、よく聞いた曲をもう一度聞いてみる、、、自分も取り戻してみる、そんな皆既日食もあるだろう。

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2009年7月22日 (水)

つながる能力

人間には人と、また動物と、もしくは自然と、つながる能力がある。
それを分けて分けて細分化し、個人の力を奪ってきたのがこの数千年の歴史だった。

しかし意識をつながる方向に向け、自分のからだの感覚を何かとつながる意識に合わせれば、神秘的とも思える体験をする人もいるという。
もともと持っていた能力なのだから、意識さえそうなれば割と早く実感できるのかもしれない。
なんでもそうである。

人間は幸福には慣れるが、不幸には慣れない。快適で幸福な状態が本当だからだろう。
苦しい時は何かが違っている。何かが間違っている。

あえて苦しみを受け止めるという場合をのぞいて、不自然なことは体や心が教えてくれる。
よく胸騒ぎというが、あれは体験したことがあるが、何となく、、、何というものとは違い、ものすごく、はっきりした、決定的な気分であった。
そのあとに空き巣に入られたのだから、胸騒ぎはあたっていたわけだ。
分断される不快さが胸騒ぎだとすると、つながる感覚はまさに喜びであろう。

私は時代は喜びを主にする時代に変わっていくと思う。もう試練は十分である。
試練を通さずに人間はもう成長していける、そういう時代になっていくはず。
とはいえ、まだまだ苦しみはあるだろうが、そのことさえ信じられれば、どんなつらさも喜びのつらさとなる。
苦しいがうれしい、、、つらいがはりきれる、、、そうやって生きていくとき、きっと物事はうまくいく。
神様が後押ししてくれているからだ。

さて、22日の午前0時半になりました。
エクリプスソープ制作の準備も完了。これからスタートします。

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2009年7月11日 (土)

雨の景色

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雨に濡れる枝葉

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きれいな雨の光景を何枚か。

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「先取り文明」から「今ここで」文明へ

これまでの文明は、よりよき未来、、、夢、希望、理想、正義、、、というものを背景として拡大発展してきた。
言葉の聞こえはいいものばかりだが、どれもリアルなものではない。いつかきっと、、、も美しいが、すでに美しいものにはかなわない。

大衆には手ごたえのない夢や希望など現実でないものを与えて、本当のリアルの部分は極一部に奪われてきたのが、今の文明だ。人をだますときに、もっとも都合がいいものが、夢、希望、前進、理想など。愛情などもそれらと同じに使われてきた。

テレビ番組などでも、人生訓といえば、いつまでも夢を捨てない、、、という内容が多い。夢を追うことはそんなに素晴らしいことか。子供などは現実を楽しんでいる。大人だけが夢を追うなどの幻想につかり、現実をリアルに生きようとしない。

見つめようとしない。だからどうしても弱くなる。もろくなる。
リアルに根ざしていないから仕方ない。経済が見事にこうした価値観を利用し、人類に夢と希望を与えるふりをしながら、現実は金の奴隷として縛ってきた。金利の発明、悪知恵。未来に向けた新たなお金の創出。

人間がリアルに即して生きると、そんなにはお金や物を必要としない。だからそれだと上の人は困る。リアルに持っているお金は少ないので、未来を質にとることで、金を貸出し、いろいろなものを買ってもらう。そうすると経済は発展するので、上が儲かる。

春分点がうお座時代はまさに理想を人に追いかけさせることで人を現実には縛ってしまう時代だった。ほぼ全員が見事にやられた。経済学を本当に理解している人は実は少ないと思う。もちろん私も門外漢だし詳しいことはわからないけど、その危険やインチキ性は何となくわかる。資源を掘り起こし、いろいろな物を作り、産業をこしらえることは、本当に経済だろうか。私は嘘だと思う。

確かに鉄一トンから高級車が作られれば、単なる資源に付加価値がついて、すばらしいことではあるが、それを購入するには、未来から金をもってくることになる。現金で買える人も多いとは思うが、まだ経済が復興してないときから人類はスタートしたわけで、最初から高級品や高価なものを買える人など、王様以外にはいなかったはずだ。

だから一般はお金がなくても実は生きていられた。基本的に、お金とは、未来のどこからか、持ってくることで手に入るという性質がある。
だから、その担保は未来であり、時間を売ることとなる。

人がどんなにすごいものを作っても、それが経済の中に取り込まれると、負債とイコールの構造となってしまう。となると、経済は無から有を生み出すものとは違うわけで、決して富を生み出さない。
お金を貸し出す人以外には。

経済や今の文明は、だからお金を貸し出す人のために存在することがわかる。ではそれ以前の経済とお金の関係はどうだったかというと、まだかなりの部分、リアルと金がつながっていた。稼いだ分だけ使う、、、という形。

こうなると経済も文明も大きくなりにくい。上記の説明によってそれはわかると思う。
では一部の金持ちはどのようにして経済を作ってきたのだろう。実はこれも簡単なことなのだ。

人間を売ったのだ。男はとっつかまえて死ぬまで働かせる、、、満足な食事も与えない。しかしだんだんと学んでいき、どの程度まで食事を与え、生かしておいたほうがより利益を生むか、、、ようするに管理である。女性はもっと悲惨だったろう。

法の及ばないところに行って、若い女性を片っ端から奪い去りて、どこかに売り飛ばす、、、こうしていけば、無から一応富が作れる。経済はまずはリアルの強奪から始まり、さらに効率の良い、未来の強奪をして、ついに行き詰ったのだ。

現代の仕事の内容、企業の内容、地に落ちた倫理感などは、今始ったことではなく、文明と経済の遺伝子の中に、その中枢にもともと入っていたものだから、なぜか似ている。大消費のために戦争を起こすことも、強制収容所をつくることも、もちろんなんということはなく、できる。
なにせ、出発からしてそういうものだったのだから。

なぜ私がこのような面白くない話しをするのかというと、要するに、地球は悪魔的なものが支配してきた構造があるからだ。
とんでも話しとは違い、情のない人間が最大利益を考え、似たようなもの同士が協力しあい、時には殺しあいもしただろうが、だんだんとそうしたタイプの勝利者が多くなっていったということだ。そして強欲過ぎたばかりにすべての人類を巻き込んでジエンドとなりつつある。
本当に馬鹿にした話しである。

なぜ、学校の授業がつまらないのか、、、それは勉強自体がつまらないのではなく、勉強する目的とそれに携わる一連の内容が、非人間的で、単に一部の勝者とつくり、こうした無慈悲な文明や経済を担う人材づくりと関係しているからなのだ。

学校ですらそうなら、まして仕事が面白いはずもない。
しかし今、こうしたひとつの文明が終え、新しいこれまでのものと異なる文明が始まろうとしている。それにはまだまだ100年はかかると思うが、すでにこの流れを止めることも変えることもできない。

大きな時代のプレートから滑り落ちそうな人は必死である。これまでだって、利益のために戦争だって疫病だってまき散らし、枯れ葉剤で緑を毒に変え、何だってやる。無から富を生み出すことが金儲け至上主義者の考えだから、本当に恐ろしいものがある。
一番もうかるのは、人体だということに悪魔的な一部は気づいたので、うかうかしていられない時代でもある。

秀吉は日本から大勢の若い女性が大陸に連れ去られるのを見て、それに宣教師などがかかわっていると直感して激怒したという。今も昔も強欲な者が考えることはおなじかもしれない。
なぜ地球に平和が訪れないのか、、、麻薬、人身売買、臓器商売、戦争、不安、不幸、羨望、嫉妬、などが、金儲けに大きくかかわるからに他ならない。せめて現代人はもうだまされてはいけないと思う。

戦争は本当にしかたないものなのだろうか。私は50年以上生きてきて、知り合いが殴りあう姿も、まして殺しあう姿も見たことなどない。
個人でさえそうなのだ。
本当に簡単に人を殺すような人は極極一部であり、それも薬関係などが圧倒的に多いのではないだろうか。

一個人よりも、ずっと法的に整備され、理性もあるであろう、国家間でなぜ戦争が起こるのか。不自然極まりない。これまでの悲惨な歴史は仕方なく起きたものなどではなく、利益のために起こされたわけだ。民主主義という人気とりで、それが維持されている。

そして民主主義などという高度なだましなど必要ないと思われた地域では、いまだって法など建前で、邪魔な人間などは棍棒で殺される。
歴史の神様、時代の神様は、もう見ていられなくなり、金輪際の悪の世を立て直す、、、という宗教も出てくる。

いま起きている中国の暴動なども、暴動といえば鎮圧、という絵が正当化されるが、本当に暴動なのか。単なる人殺しなのではないかの疑問がある。しかし、中には子供や赤ちゃんもいるはずで、やはりおかしいよね。もう決してそういうことは許されない。どんな事情があるにせよだ。

ユングは人間の心の中を見抜くことで、この世が間違いなく悪魔的なものが動かしていることを見抜いたが、それから70年がたち、ユングの認識はもう多くの人の目にわかるようになってきた。嘘と方便の世はそろそろ終わりにし、安心して生きられる時代にしていこうではないか。変な人たちは、そろそろお引き取り願いたい、そういうときにきました。

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2009年7月 7日 (火)

静岡の奇跡

川勝氏が勝った。
予想外の大逆転だったらしい。
私は川勝氏はいずれ総理大臣になると思う。象徴的とらえ方をするとそうなる。

まず、宮崎の知事が恥も忘れて国政参加の絵を見せた。
言い分は地方から国を変えるであった。
そのことが人気とりの自民のシナリオであることを見破られ、東国原の人気と自民の人気は急下降している。

東国原がち迷いごとを言い出した時に、すかさず私が言ったことが現実になっている。
しかし宮崎知事が言った、地方から国、、、のシナリオはあのことがあって国民の意識に植え付けられた。
そして国の未来ビジョンを持っている唯一の学者であり政治家となった川勝氏が奇跡の逆転勝利。
これは人がつくるシナリオではなく、川勝氏は運命のシナリオによって選ばれたと思う。

偉く高い評価だが、それには理由がある。
私が10年以上前に出した、森と平野に分化定住する時代、と前後して、ほぼ私と同じ内容の提案をしたのが川勝氏だった。私は単なる民間の占い師の言として一部で評価されただけだったが、川勝氏は確か当時早稲田かどこかの教授だったので、その影響力はやはり大きかった。

内容は私の方が早かったし深い気もするが、やはり総合的な目線からの学者の立場、そして影響力の大きさで川勝氏が時代の神に選ばれ、いずれ重要な働きをしていく人になるはずだ。
私は川勝氏がいずれ総理になると予言しておこう。私としてもまったく依存はない。

東国原が運命の神に使われて起こした地方からの国政、そしてそれを東国原ではなく、川勝が行う役に就く。
神様は本当に色々な者を使って時代をすすめる。
宮崎知事も意地をはらず、降参してちょっと思いあがっていました、、と素直に反省すれば人気は戻ると思う。
自民党はまだ彼を使って選挙戦に突入するつもりだろうが、もう足元を読まれている。
やればやるほど真剣に怒った無党派層が半自民に票を入れるようになっていく。
さもないと、どこかの若手お笑いタレントが、受けを狙って「私を総裁選に担ぐお覚悟はおありですか」とやられたら、すべてがおしまいである。

自民も東国原も笑われて終わりとなる。そしてこのギャグは確かに受けてしまうだろう。
自民にはもうそいうことがわかる人もいなくなってしまった。

大体、もう人気の時代ではないんだよね。
マイケルの死といい、人気ですべてを動かせた時代も終りに近づいている。
人気でどうかなるのは、まだ余裕がある時のことで、怒っている民衆に対して人気とりしても逆効果になる。
だから民主党も国民のみなさん、とは言わない方がいいと私は言った。
それは、選挙に大勝したときだけ、国民のみなさん、、と、党首が涙ながらに語り出した時、絵になる言葉なのだ。

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2009年7月 6日 (月)

システムから少しづつ逃げる

逃げよ逃げよ、すべてのジュネーブから逃げよ、、は確かノストラダムスの言葉。
もっと簡単に言えば、だんだんといろいろなシステムから逃げて、その分楽になっていく、、、そんな風に考えると面白い。

システムといえば、まず会社、あらゆる機構、国、宗教、都会、、、もろもろあるが、もちろんすぐに仕事を辞めるとか、都会を逃げ出す、、というわけにはいかない。
できるだけそういうものへの依存度を低くしていくことがこれからは面白いということ。

もっと具体的に言うと、お金に頼らない生活に目標を立てる、、、ということもできる。
なるべくお金を使わない、、から初めて、本当に生活するのにお金がかからない、、という形を作っていく。

ワーカホリック状態だとこれができない。
仕事一途だと、どうしてもお金に頼る以外になくなる。
お金から離れた暮らしができると、人間はその分自由になっていける。

うまい具合に現代人はお金の奴隷状態にされたので、そこからいかに逃げるかが、生き方の自由と関係してくる。
これからあらゆる技術革新が進むと思うが、それをうまく利用すると、意外にお金から自由になれる面が大きくなると思う。
食費を安く切り詰める、、、と思うとわびしい気持ちとなって長く続かないが、健康のために体にいいものを少量たべる、、その結果、食費が浮いてきた、、、というやり方がベター。

まずは見栄と関係していた出費から始めるといい。
マイケルジャクソンに500億円の借金があるといわれるが、本当かうそかは別として、確かに多く稼げるからお金から自由になれるというわけではない。
まずは見栄と関係するお金を使わないこと。これだけで結構楽になる人もいるだろう。
私たちは巧妙にお金で縛られてしまったのだから、それを使わない生活を獲得することで、楽になっていける。
このことをはっきり認識した方がいい時代に入った。
そんなことをするとかえって景気が悪化し、よくない、、、と思う人もいるかもしれないが、不要なものや欲望をかきたて、未来の金まで使ってしまうような経済がいま崩壊しつつあるのだから、そうした批判は当たらない。

早くつぶれてもっと自然に沿った経済に変化するためにも、金と関係するあらゆるシステムからすこしづつ逃げるに越したことはないと思う。
というのは、やはりこの経済はもうすぐジエンドすると思う。
借金が多すぎてもう身動きが取れなくなっている。

あくまで表面的にごまかしているが、CDSの対策など打てるわけがなく、金融は崩壊したのだ。
もうすぐびっくり箱が開き、まさかあの会社が、あの銀行が、、ということもありうる。
それどころか、大国のデフォルトももしかしたらではなく、常識的に考えてわかる。

いま一時的に平穏を装っているのは、逃げ場を作っているから。上の人の逃げ場。どこまでも民衆は見事に馬鹿にされたのだ。

私がなぜ、昨日のような藤圭子の歌に執着したかも、金により、民衆が深く深くだまされた時代の悲しさ、苦しさ、わびしさと、あの歌の感性が通じるものがあったためかもしれない。
人の人生がわびしいのではない。
金のシステムにだまされていくことが人生のわびしさを生んでいく、、そうした構図があり、演歌はその直感として開花した面がある。

100年前の絵画にもそんな直観があった。
さすが芸術や文化は直感的に時代の本質を予期し、とらえる。
若い男女が恋をして共に住みだす。いまのカップルでは一緒に暮らしても、どうしても金銭面での問題が出てくる。定職につけなければなおさらである。
まして子供ができる、、、そんなことを考えただけでふたリにかかる負担は底知れなくなる。

それでも愛し合う二人は一生けん命に働くだろうが、収入はたかが知れている。
どうしても無理をし出す。
デートのドタキャンも高価なプレゼントが欲しいわけでもないが、記念の食事すら日常的になっていくだろう。
そんな中でふたリでいる意味を迷わず、しっかりふらつかずにいられる男女などいるだろうか。
愛が足りないのではない。
金とシステムの奴隷に使われているために、恋愛も結婚も子供も奪われていることに気がつかなくてはいけない。

だから愛し合う男女は、だまされてはダメだ。ふたリで暮らしたいなら、安アパートでよいのだ。
質素な暮らしをふたリで楽しみ、お互いを信頼していくことなのだ。
人様のようにとか、豊かにとか、贅沢にとか、思った時からふたリは奴隷としてこの社会を生きていくことになり、その時から愛も何もかもあきらめなくてはいけなくなる。
このことをしっかり認識しておくことだ。

ふたリで15万程度なら稼げると思う。
それで十分だと思い、その中で質素な楽しみ、暮らしをふたリで味わう。それ以上働いて、時間をつぶし、ふたリの仲を貧しくする必要はない。
毎晩6時には戻り、ふたリで毎晩1時間散歩する、、、1日あったことを語りあう、、、それが貧しい生活であるわけがない。

おれ今夜は遅くなるから先に食べていて、、、私もいつもそうだが、これではダメ。
手取りを減らしても楽になる生活、手ごたえのある生活に、そろそろチェンジしていくほうがこれからは得すると思う。
というか、見事にそうなります。

いいですか、マイケルが借金500億円です。いくら稼ぐかではないのです。
しかし借金があったら働かざるをえませんから、社会は人にとにかく借金をさせようさせようとしてきた。
マイホームというからくりは要するに現代の奴隷化を考えたアイデアでしょう。
余裕がある人はもちろんマイホームでもいいでしょうが、無理して奴隷システムに身をおくことはないと思う。

まだお金は必要な時代ですが、できるだけそのシステムから逃げる。
そのためには、まず金に頼らない部分をどんどん増やしていく。
家の窓際に植木鉢をいくつか置いて野菜を作れば、間違いなくふたリ分の野菜はできます。
友人に譲る程度もできます。
そうやって助けあいをすれば、人間関係が強化されます。

その上、ぶつぶつ交換でお金に頼らないものが増えていきます。
サービスとサービス、サービスと物の交換ができれば、さらに生活は楽しくなってきます。
金というものは、必然で生まれたというより、それによって人間を奴隷化するために増大して行ったと考えたほうが正解ですから、今はそこから逃げる時。
そして楽になっていきましょう。

冥王星が山羊座にある今後約10年は、最終的な勝利者が一部の企業となり、それ以外はすべて敗北の時代でもある。
国家も敗北で、企業が勝ちました。
そして企業の人間支配方法はお金ですから、私たちは究極の企業奴隷にされていく時代がまだ10年近く続く可能性がある。

その後はみずがめ座の冥王星に移ることで、すさまじい技術革新、発見その他が、人類の安寧に供することとなり、私たちは奴隷制から解放されていきます。
だから最後の10年、時代の進行スピードが速いので、もしかしたら最後の数年かもしれない。
しかし最後は最もつらく厳しいので、金のシステムから自由になる部分と比例して、個人としての生活も人間としての尊厳も守れることになる。

それは愛の関係も、友情も、家庭の円満とも健康とも大きく関係していく。
いくら欲しい、もっと欲しいと思いつつ、私たちは奴隷にされていく。
反対の考え方で生きること。
だからと言って、貧乏になるわけではなく、かえってお金もはいるかもしれない。
このことを語り出すときょうは複雑になるかもしれないので、またの機会に語らせて下さい。

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2009年7月 1日 (水)

水無月の大祓い

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きょうは披講学習会の練習をさしていただいている港区の元神明宮へ、大祓いのみそぎに行った。

ニッポン放送の録音が終えてから行ったのだが、すでに式は終えてしまっていた。しかし宮司様とお会いでき、備えてあったチノ輪くぐりの行事を執り行ってくださった。
ありがとうございました。

初めての体験。

不思議だったのは、有楽町からタクシーで元神明に行った際、行く場所を言うと、運転手さんはやけに元神明界隈について詳しい。どうやら子供のころからずっと暮らしていたみたいだ。小学校は赤羽小学校ですと運転手さんは言い、私も懐かしかった。

私は南海小学校というやはり近くにあった一時は東京一古い小学校だったが、閉校になった。母校がないというのはさびしいものである。

素晴らしい校歌だったが、もうあの校歌はどこでも歌われることがないと思うとつらいものがある。

天と地との開けそめし、、、、あめとつちとのひらけそめし、、、と読むが、それほど古い言い回しの校歌だった。おそらくご存じの方はいないでしょう。

というわけで、タクシーの運転手さんと昔の三田界隈の話しをしながら神社へ行った次第。運転手さんは運転しながら、しきりに何度も何度も、なつかしいなあ、、、、と言い続けていた。

宮司さんにOのタクシーに偶然乗った、、、と言ってください、と言われたので、宮司さんに言うと、やはり驚かれて懐かしそうにされていた。
地縁である。

子供時代というのはなんでこうも懐かしいのだろう。

今の日本人には、幸せな光景というのは子供時代しかないような、そんな気になる。

しかし中には子供時代ですら地獄の時代という人もいる。
どこにも車が走り、電車が走り、ビルが建ち、おいしいものがたくさんあり、とても豊かに見える現代の中で、まだ飢えたり、保護されなかったり、苦しんでいる子供がいる。

国がやることの最低限のことではないか。子供の安全と命を守ること。

いったん戦争が起これば、子供だろうが赤ちゃんだろうが、関係なく砲弾が飛び、肉片が飛ぶ。

そんな馬鹿なことがあるだろうか。
そんなことがありながら、車に乗れても、飛行機に乗れても。月までいけても、何の意味があるのか。
人間の恥そのものではないか。

国が大変なのはよくわかる。しかし、子供の命を守り、飢えのない子供として守ること。そうした、安全が優先されずに大変も難しいもないではないか。すべてはそこから。

戦争を起こしても、一人も子供を殺さないでやってほしい。
子供は関係ないのだから。

こうした当たり前のことが守られない、満たされない、というこれまでの世の中というのは、この一点を取ってもインチキだったことがわかる。

誰かの利益のための道具にしかなかったのだろう、国も国民の働きも。

資本主義を作ったのと同じ人たちが共産主義も作ったわけで、近代国家はもともと最初から問題があった。

今回の変化はそこらへんからのやり直しとなるので、最後までそれに抵抗する人は、はっきりと悪魔的な面を見せ出すし、極めて純粋な気持ちからの変革を求める面との力関係になっていく。

本当に凄い時代だと思う。
いま現代人が戦うものは、子供達を守るための戦いと言ってもいい。


北朝鮮では飢えが深刻化しているという。

おなかをすかせた子供が道路で疲れて寝ている光景の写真を週刊誌で見たが、ある程度本当なんだろう。

子供に食べさす食糧など、大した金額でもないのに、そういうものまでがまんさせて武器を作っている。そうしないと国がもたない、、、と本気で思っているらしいが、そんなことはないはずだ。世界から飢えた子どもをなくすためにかかる金など大した金額であるはずがない。

それができないほど、地球は悪魔的に進んできたのだ。

悪魔でのかまわないが、とにかく飢えたこどもは助けろ。

今の日本だって給食だけで命をつないでいる子供がいるのだ。民主党が政権を取ったら、何でもいいからそれだけはやらなくてはダメだ。

世界には水の問題も、経済の問題も、環境の問題もあるが、難しい、、、などと言っている場合ではなくて、まず、飢えた子どもをなくすこと。

それをやってくれるのなら、私は自民党でも民主党でも共産党でも公明党でもどこにでも票を入れる。

子供の飢えをあらゆる問題の一つとして平行に並べるべきではない。最優先。
そこに気が付く人しかこれからは責任者になってはいけない。

子供の命を守れる人。
馬鹿な宮崎知事だろうがスタンドプレーの大阪知事だろうが、最優先で飢えた子ども、保護されない子供を助ける、、、それだけはやる、、、と言ってくれたら、喜んで嫌いになった東にも大阪知事にも票を入れる。

いま、政治は駆け引きなんかやってる場合じゃない。
心の声、普通の人間がもつ心の声が聞きたいのだ。

何を最優先するか、何を責任をもってやるか、、子供の安全以外に何があるというのか。原点に戻るとはそれ以外にないだろうが。

こんなに政治家が大勢いて、なんで飢えた子どもを救えないのか。
馬鹿にした話しである。

政党が必至になる必要などなく、本気になって取り組むたった一人の政治家の力で、日本の子供の飢えは解決できるはずだ。

一食300円として、10万人の子供が飢えていたとすると三千万。一日一億。年間400億円で飢えた子どもがいなくなる。飛行機一機の値段だろうが。

だめだよ、本当に人間をばかにしては。
難しい理屈つけないでまず、そこだけは早くやってください。
そうすれば日本は段々と強くなってくるはず。制度問題は次のことなんだよ。

と、段々私も言葉づかいが悪くなってきたようで、申し訳ありません。
月が牡羊座なので、時々そうなってしまう。

マイケルジャクソンが政治の世界に出たら、彼の純粋性によって、こうした子供の飢えをたった一人でなくせた可能性があると思う。

しかしマイケルの声は本当に繊細だと思う。
日本が好きだったんだよね、あの人。

組織がダメになり、国がダメになり、権威がダメになり、、あとは心しかない。
心のない人がいくらバタバタしてももう世界は動かなくなっている。

小池百合子なども、もう自分の出世ばかり考えるのはやめて、罪滅ぼしのつもりで日本人の子供の一人も飢えた子がいないようにする、、、とでも考言ってほしい。他のことはやる必要ないので。

そうしないと本人自身が全うできないところに来ている気がする。ビジネスサテライトからずっとあの人を見てきたが、本当に顔つきが変わったと思う。

権力が人を救うことはない。子供を守れたら、次は、次は、、、と、心の政治が動いていき、国民もこぞって応援し出す。

その方が絶対に得だよ。

こうしたことに気づいた人から政治家としてこれからは成功していくので、早く気づいてやってください。

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熊蜂とグラジオラス

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このグラジオラスは4年ほど前に妖精が止まったグラジオラスと同じところに咲いたもの。毎年、きれいな花を咲かせてくれます。
ご近所の方にいただいたお花。とてもきれいです。

妖精はおそらくてんとう虫。まったく同じ顔の妖精写真をコナンドイルの写真から発見したことがある。コナンドイルのもおそらくてんとう虫をどこからか写した妖精写真なのでしょう。

しかし本日は熊蜂。熊蜂はグラジオラスが好きらしく毎年やってくる。熊蜂も妖精らしいので、今年も妖精写真が撮れました。


本日は遠方からいらしてくださったIさん、お疲れ様でした。

新オフィスにいらして、帰りがけにヒルズにも立ち寄り、ちょっと早めの夏休みを堪能したと言われて帰られた。ありがとうございました。

Iさんは編集のプロだけど、ご自身でもお書きになるので、本日は本来なら原稿をお渡ししなければならなかったところなのだが、まだ私が書いてなかったた め、苦し紛れから、内容変更の話しをしたところ、確かにその方が、、、ということになって、ならば、Iさんが書いた方が面白いのでは、、、と、主客転倒。 私は監修という形に急きょ変更。締切り逃れもこれでできて、エブリバディハッピイとなった。

ここらへんの対応はやはりこの道で30年はやらないと出きない芸当。

しかし無茶苦茶な話しではある。締切原稿を取りに来られたけどまだやってなくて、終わってみたら相手が書く形に変わってしまっていた、なんて。

これで私が今度からは原稿を催促できる立場になるのかしら。
アバウトな世界での出来事ではある。
きょうは暑かったので、真夏の夢と思ってお許しを。
 

政権交代が現実味を帯びだしたせいか、不思議な事件が起きてくる。

アメリカと日本との核持ち込みに対する密約があったと元事務次官が言えば、政府はやはりそんなことはない、、の一点張り。絶対に間違いを犯さない官 僚、、、という考えが本当に無駄な税金を使うことにつながり、その意味のない意地が多くの混乱と不審を招いたとしても決して態度を変えない。

間違った作戦を正当化するためにさらに多くの将兵を見殺しにした官僚軍人と変わらない。

国に奉仕する仕事に就く人には、個人や部署のメンツではなく、全体の、ことに国民の利益という観点から行動する教育が必要なのではないか。

国で甘い汁を吸い、国で儲け、国で威張っていた人には出て行ってもらおう。

本来、海上は12海里までが自国の範囲になるらしいが、日本は3海里とすることで海外の艦船の通行の便宜を図ったという内容もある。アメリカに尻尾を振ることだけが日本の政策だった。

しかし人間には良心の呵責があるので、ご高齢の方から、やはりおかしいと思うことがこうして出てくる。余命も少なくなれば、おかしいことはおかしいと言いたくなるのだろう。

これから聴くのも恐ろしいようなことが、自民党政権のもとで作られた秘密として暴露され、それを知った国民が、なんだ、ちっとも国民のことなんか考えてなかったじゃん、、、、という流れが出てくるだろう。

最後までそれでも隠そうとすれば、最後は本物の悪魔になる以外にないだろうから、テロだって何だって起こしたくなるかもしれないが、それはやめてください。もうおかしなことはしないでください、、、と願います。


時代的な生活苦から逃げるには、生活者としての自分を確立していくことが大切、ということを昨日話した。

生活者の自分とは、仕事にとられて時間がない、、、だから弁当を買う、クリーニングに出す、糸がほつれたズボンをそのままにして新たに買う、、、という行動に出てしまう。

生活者としての自分を大事にしたら、30分早く起きて弁当をつくる、、汚れたものは自分で洗濯する、、、着るもの、使う物を修理する、、、というようなことから始まって、だんだんと生活の質を手ごたえとしてアップさせていく。

贅沢な暮らしにアップするのではなく、暮らしや生活に手を加え、それを楽しみ、それにまつわる横の関係を深めていく、、、ということだ。

自給1000円以上もらえるなら、合理的な生活のほうがまだ力を持つかもしれぬが、自給750円などという人間をばかにした金額で働かせることを企業や国が考えるのなら、働くよりも生活者として充実していく方向のほうがずっと有利となる。

もちろんある程度の現金を得るためには安時給で働くのも仕方はないのだろうが、考え方として生活者の自分を重視することで、ストレスも不安の質も変わってくる。

しかし企業も国も馬鹿だと思う。安時給で企業の最大価値を高めようとする小泉竹中路線などは、結果的に亡国の政策となった。

人間を知らないからそうなる。
人間をばかにしているからそうなる。

小泉のおひざ元の横須賀市では子飼いの候補は落選。
当然だろう。この流れはもう変わらない。

Posted by ぶらりブログ運営スタッフ 日記・コラム・つぶやき |

2009年6月19日 (金)

原稿すっぽかし

私の原稿をいまかいまかとお待ちになったにも関わらず、とうとうすっぽかされた皆様、本当に申し訳ありませんでした。
只今、東京から戻り、パソコンチェックしてみて驚き、、、あっ、あの原稿も、この原稿も、、まだだった、、、、。
と、あやまりまくっています。

東京にもう拠点がないので、パソコンは重たいので持参せずに出張したが、やっぱりこれでは駄目ですね。
小型パソコンを持参するようにしなくては。
現在使用中のものは小型過ぎてあまりやくに立たないので、もう少し普通に打ち込めるものでなくては。
大体、パソコン関係には弱いので失態の連続。
引っ越し中ということで、どうかお許しください。

とくに荒木さん、ごめんなさい。
すぐにやりますよ、大丈夫、大丈夫、、、なんて数日前に言ってしまって。
全然すぐじゃありませんでした。
阿部さんも同様ですいません。
この時間まで待っていて下さって申仕訳ありません。

本当に先月は荒木さんの御蔭でウオッチャーなどは凄い成績が上がり、感謝しております。
それなのに、、、。
と頭が下がります。

しかし、物書きという仕事は、締切りに追われるのが当たり前で、本気でまじめな人だとできないと思う。
原稿催促の中で生活していくのだから、朝だろうが夜中だろうが基本的に関係ないし、病気だろうが元気だろうが、これも関係ないという因果な仕事でもある。

この年になってもまだ週に一回か二回はほとんど眠れない日があるのだから、あまり人様にはすすめられない仕事でもある。
ただ、停年はないというのは本当で、老齢にならなければ書けないものがあるとしたら、そこまではやってみたい気はする。
ゲーテが常々そう言っていたようだ。
若いころとは違う、老齢でなければ決して書けないものがあるとか。

彼はファーストの後半をさしてそう言ったらしいが、でも前半の方が私は個人的には好きだ。
後半は結局ヨーロッパ的な世界からやや東洋的な価値感が芽生る面がある気がするが、もともとの東洋人から見れば、驚くには当たらない。
バッハなどの無伴奏などを聞くと確かにヨーロッパというよりも東洋にも通じる音楽に私は感じるが、ヨーロッパのあこがれとして、どうしても東洋的な世界が未知のものとしてあるのだろう。

英語を学ぶのももちろんいいが、日本の文化を学ぶのは絶対に得なことだと思う。
これからは特にそうではないか。
白人が作った価値観が崩壊し始めている中で、次に世界の関心を集めるのは、日本や東洋の文化であることはまず間違いない。

世界中でそれを求める動きがもうすぐ出てくる。
戦争で勝ったアメリカのコカコーラ、映画、歌を求めて世界のヒトが動いたように、今度は日本や東洋の文化を求めて動きだす。
火を見るよりもあきらか。

英語ができても、何も伝えるものがない、、、というより、英語はできなくても、日本文化を知っている、教えられる、、、という方が確実にこれからは尊敬される。
私は英語はまったくだめだが、世界のかなりのインテリジェンスと交わったことが多少あるが、英語ができずにバカにされたことなどない。

むしろ、日本の文化や占星術の文化を語ることで、とても有意義な体験をしたと思う。
赤ちゃんも言葉はしゃべれないが、心の交流はできる。
言葉が邪魔しない分、心がこもる。
そんな世界が大人の世界にもあるはずだ。

言葉はしゃべれなくても、となりに悲しむ者があれば、その人を慰める歌が歌える、、詩を読める、、、世界の文化、ことに自国の文化を伝えられる人が、これからの本当の交流のキーとなると思う。
日本にはまだまだ忘れ去られている文化が数多くある。

これからそうしたものを探し、その道の泰斗にまでなれる場合もきっとある。
世界の価値感が急速に変化し出したいま、そんなところに焦点をおいて自分づくりしていくというのも面白いのではないだろうか。

Posted by マドモアゼル・愛 日記・コラム・つぶやき |

2009年6月 9日 (火)

ついに都落ち

引っ越し準備で超大変。
ついに都落ちとなりますが、みなさん南房総においでの際にはぜひともお立ちよりください。
ヒルズは山の奥の方でちょっと不便ですが、新オフィスは館山駅前なので便利です。
海へおいでの際にはぜひともいらしてください。

物に取り囲まれた暮らしだったことが引っ越しのたびによくわかる。
今度こそ思い切って整理するつもり。
不要なものはとにかく捨てる、と決めましょう。

引っ越し準備に疲れて近所を散歩したが、狛江の古民家に初めて行ってみた。
土間と囲炉裏と内庭、外庭、ふたつの畳部屋。日本の家は何もおかないことが前提になった美。
日本の古民家は本当に素晴らしい。

そういうのを見ると、本当に現代人は騙されたな、、、と思う。
不要なものをさんざん購入し、ついにはガラクタの中で暮らすはめに陥った。

色々なものを作り、それを売ればそれによって大きな利益を上げる人は出てくるが、そのために現代人はワーカホリック寸前まで働き、時間的にも金銭的にも余裕はなくなり、疲れている。

キッチン用品を先にしまったため、数日分のお茶などの用意として、湯呑2個、箸を一個、どんぶり1個、皿一枚、包丁1本、布巾とタオル一枚づつ。それだけを出しておいた。
すると使用するたびに気持ちがよい。楽しい。

それまでは幾多の皿の山の中から一枚を使い、幾多の湯呑の中から一個をとりだし、、、と、気づかぬ間に疲れていたことを知る。
物をもたないシンプルな生活が人に与える影響はきっと思っている以上のものがあると思う。

消費文明はガラクタを買わせるために人をワーカホリックまで働かせる、きわめて色気のないシステムであることがわかる。
生まれ変わるとは、不要な物から自分自身が事由となり、自分に必要なものを自分の目で判断していけることがベースにあると思う。

欲求をかきたてられて購入していく流れに、現代人はもう飽きが来ている。
世界中から色々な物を買いあさっていたアメリカにはもう購買力はなくなったが、かえってアメリカ人はそれによって自由になれるかもしれない。

経済は実は発展しない方が人は幸せになることを、早く本物の経済学者に唱えてもらいたい。

Posted by マドモアゼル・愛 日記・コラム・つぶやき |

人が裸で生まれる理由

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えーん、スマイルジャックは前の馬にのっかってしまい、直線手前でつまづいて後退。審議。それでも9着に来たんだから、アクシデントがなかったら、、、と負け惜しみ。

ああっ、これで春のG1路線はすべて完敗でした。こんな年もあるのか。

これからの時代は競馬なんかやってる場合ではないともいえるが、趣味や好きなことは大事になる。

時代は百花繚乱。北がどうなる、アメリカがどうなる、日本は、中国は、ヨーロッパは、、、と確かにいろいろな未来が垣間見えるものの、しかし忘れてならな いことは、だから地球としての一方向がどこかに決まってくることはもうないということ。横断歩道をみんなで渡る時代とは違うということ。

世界の一方向時代はブッシュが最後。インチキ芝居の舞台裏が見えてしまったので、もう世界を一方向に持っていくことなどできるものではない。

それは同時に一国の中でも言える。

日本の未来、、、と言っても、そこに住む人一人一人の生き方が問題であって、全体と個人の切り離しがある。

個人の最後の安心の砦ともいえた個人年金の金がどうなっているのかわからない、、、これはやはり大きな問題で、要するに、国が個人をまる抱えすることができなくなった白旗と同じ。

みなさん、みなさんのお金はもうありませんが、そのかわり、あとは自由にやってください。すくなくとも、もうそれを邪魔することだけはしないようにしていきますので、、、という結末になる。すぐにではないが。そうした方向へ進むはず。

こうした事態が世界的に起こっているわけで、すでに国は幻想へと移行しつつある。これを混乱と呼ぶ人には混乱が見えてくる。これを百花繚乱と呼ぶ人には百花繚乱の様相が見えだす、まことに面白い展開。

というわけで時代は本当に急に進歩した。ブッシュが幻想を見せてくれたことは大きかった。ある意味、人類の解放者である。あまりに見事なインチキをこれはインチキだと皆にみせてから去っていった。

世界を変えるのは、本当は簡単だと思う。
どの国でも、今一番上に入る人の、その身分を保障し、今後も決して責めない、裁かない、、現在の財産と名誉は保障する、、、という安心約束をするだけで、ほとんどの上の人は城からでてくると思う。

昔、私は貝になりたい、、という戦争の映画があったが、どの国の上のヒトもいま、そんな状態なのではないだろうか。上ほど厳しいはずだ。だから大丈夫だか ら、何もしないから、もういいよ、やめようね。と誘いかけるだけでいい。退職金をあげて静かにしておいてあげればもう何もできないし、しないだろう。

まあ、ここまで来ると最後の大芝居というのは、宇宙人の来襲という手もあるのかもしれないが、それだって、もしもインチキがばれてしまったらどうにもならない。みんなで笑っておしまい、、、というのも面白いことは面白いが。

ただし、これが危機ではなくて、福音の場合は、これまでと逆にあっと言う間に全員に広がる。

小さな箱にプラグを差し込むだけで永遠に電気が無料で得られる、、、、そんなものがあっという間に世界に広がる、、、こうしていれば絶対に病気にならない、、、そんな情報もあっという間に世界に広がったり、、と、人類にとって良いものはすぐに共有されることになる。

今回の金融崩壊の最大のプレゼントは、恐怖や不安や脅しによる世界統一方向へ持っていく歴史が幕を下ろしたということになる。

かわって、人類のためになる福音的なものはすぐに共有化されていく。

これは当たり前で、どだい、人が生まれて生きていくことがそんなに大変だったら人類など生きてこれなかった。なのに、それを難しくし、あたかも未来を不安 に思わせ、生きることが大変だと勘違いさせて、一部のいいように操られてきた歴史があったが、その舞台裏がわかる人にはわかってしまい、もう種見えの手品 となって、時代を動かす力を日々失いつつあるのだ。日々であるところがすごい。

貯金がないとか、よい学校を出なかったとか、リストラにあいそうだとか、年金がもらえないとか、、、、そんな不安的未来観はまったく意味がない。

もう心配不要。
人類を救う新たな技術も考えも急速にこれから出てくる。


人はなぜ裸で生まれてきたのか。
生まれてから周囲の暖かな助けによって生きたいくためだ。

だから何の力ももたずに生まれてくる。裸で生まれ、人は周囲に助けられて生きていく。そして自分が成長した暁には、今度は裸の赤ちゃんを助ける役に回り、そのことで自身が成長し救われていく。国の働きもそれだけでもいいくらいだ。

大人になっても運悪く、裸の状態になった人だけを暖かな目で助けてやればいい。
たったそれだけでもいい。
そうなればこの日本からたった一人も不安な人はいなくなる。安心して自分の表現に励める。

これまでは金がなくなれば悪く言われ、しかも生きていくことすら許されない、、、というおバカな時代であった。人は裸で生まれてきたのだから、また裸になったら助けてあげればいい。ただそれだけのことで人間の再生産のスステムが出来上がる。

何度でも何度でも裸になっていい。そのたびに助けてもらえれば、国が母となろう。そして多くの元ダメだった裸坊たちが、いづれは立派になり、感謝の念を持って母なる国を養護していく。

国はただ裸になった人を助けてあげるだけで財政が豊かになり、貢物で国庫はあふれかえる。国に限らず裸の人を助けてあげるだけで豊かに富が増大していく。

いまは、国も世界もその逆をやっているのでここまで疲弊してしまった。

道を正すこと。
それには、もう不安はいらない、もう恐怖は不要、未来は怖くない、、、という真実からスタート。

それができる時代にすでに変わって行っている。

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2009年5月22日 (金)

お部屋のシェア

なんだか異様な忙しさでブログ更新も遅れがち。

大したことなど何もやってないのに何でこんなに時間がないのかは、私の何十年来の病気のようなものだが、やはり何かが間違っているのだと思う。
ゆっくり、じっくり何事もできる人がうらやましいし、その方が結局は何でもよいものができるので、本当は得なこともわかるが、なぜかそうならない。

仕事、趣味、通い、打ち合わせ、、、睡眠時間は相変わらず少ないし、20代でもあるまいし、よくこんな状態が続けられると自分でも思う。
冥王星がMCにあり、全惑星とアスペクトを形成しているので、完全なワーカホリックとなりやすい。
冥王星は自分の意志とは多少ことなる。
私はゆっくりのんびり何かをやりたいと本心から思っているが、許されない。
冥王星のせいに勝手にしていたが、冷静になってみると多忙の原因がいろいろとわかってくる。

計算して驚いたが、私は一か月に車を40時間運転していた。
通常8時間労働の5日分にあたる。
要するにタクシーの運転手さんをやっているようなものだ。
これでは忙しくて当然だろう。

こうした根本の問題も解決するために動くことにした。
思い切ってオフィスを近くに移し、東京よさようなら、、、というスタイルに決定。
と言っても、月に4-5日はやはり東京に行くことにはなるが、オフィスがヒルズと東京と二分していたことがよくなかった。

時代も変化の度を早めているようだし、田舎からゆっくり時代の移り変わりを眺めてみよう、、という気にもなった。
また最寄の駅前に新オフィスをオープンする予定で、そうすれば多少遠くても、東京から打ち合わせの方もいらしてくれるだろう、と思う。
面談はこれまで東京のアトリエで行っていたが、それも田舎までいらしていただき、ともにウエルカムランチなどを召しあがっていただき、その後面談。

お帰りに近くの海や山をめぐってくだされば、今後のことなども新たな気分で考えられるのでは、、、と勝手に思って、こちらで行うつもり。
仕事のスタイルが安定するので、じっくりゆっくりとユーザーとも向き合えると思う。

ローズ水など、多くの方々にご好評をいただいているが、こちらからサンクスメールも何もしないような状況に常づね申し訳なさを感じていたが、こうした姿勢も改められる。
妖精茶会などは遠方になってしまうが、日帰りできない場所でもないので、かえって気分転換になるかもしれない。
そんなこんなで決定したが、大変なのはこれからの引っ越し作業。

6月中旬までは大変な状態が予想される。
大体、人の動きと時代は不思議とリンクするもので、私の場合もそうだと思う。
思い切って仕事スタイル、生き方スタイルを変えるのがこの初夏から夏。きっと時代もそのころを堺に変わっていくのかもしれない。

いろいろな波乱はあるだろうが、気がついてみると日本の時代が始まっていると思う。
生まれ変わった新たな価値感をもった日本人の時代がきっと始まる。
それまで何年かかるかはわからないが、そんなに先でもないと思う。

いまの世界情勢は本当にひどい状態だと思うが、それはひどい政策の結果としてそうなったわけで、どんなに戦争を使っても、疫病を使っても、結局はもう彼らの考えるようには地球未来は進まない。
一般民衆の自然な力が結局は時代を作る力を持ち日本が、バカな政治家や官僚とは別のものを生みだし、それが具体的な力になって変化していくだろう。もう少し。

それまで、前回言ったように、貧しい人は部屋をシェアする、老人は孤独に嘆く前に心を開いて、同じような気の合う人と、やはり部屋や持ち物をシェアすれば、お金がかからないどころか、孤独でなくなる。

子供を持って離婚した母子家庭も、自分らだけでこれからこの冷たい世界を生きていかなければならない、とそう思ったらやるせないが、同じような境遇の母子家庭と部屋をシェアし、食事も協力し、持ち物もシェアし合えれば、嬉しい大家族が誕生する。

どこかのリーダーにしたがってそうするのではなく、個々が個々の事情や考えや感性からそうした新たな生き方をしていけば、どんな貧乏だって乗り切れる。しかも楽しく。

先が見通せなくて悩んでいる人は、落ち込む前に、こうしたシェア主体の気楽な生き方を実行し、新しいよき時代を作っていけばいい。
偏見がない人がシェアして暮らし合えば、鳩山ではないが、本物の友愛によって時代が再構築される。
こういうことを言うと、違った人間が一緒に暮らせば、いろいろな問題が起きるだろう、、、とか言いだす人が多い。本当にバカだと思う。

では血のつながった家族ならすべてがうまくいくのか、、、と、同じではないか。
また、いやならやめればいいだけの話。
しかも批判する人はそうしなければいいだけの話。

人がお金を使わずに楽に、しかも友愛を伴って生きていける可能性に口を挟む必要はない。
すでに若者の間ではルームシェアリングは急速に広がっているらしい。
そこに仲間どおしの文化的な喜びが生じてくると本当に素晴らしいい生き方となるだろう。

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2009年5月15日 (金)

ジェームズカーカップ氏 巨星逝く

昨日の午前に大阪の毎日新聞から電話があり、ジェームズカーカップ氏が亡くなられたという情報があるが、本当かと連絡が入った。
私もそのことを知らなかった。

アンドラのお電話番号を記者には伝えたが、タイムズなどを見るとどうやら間違いないことがわかる。
非常に残念である。

ジェームズカーカップ氏は、英国の詩人で王立アカデミーの会員だが、英国王室との間に複雑なものがあり、アンドレ公国で晩年はお暮しになった。
30年にわたって日本の東北大学、日本女子大、名古屋大学などで教鞭をとられたことが縁で、和歌への関心が高かった。

平成9年の宮中歌会始に陪聴されたことが御縁となり、私が主催する星と森国際短歌大会の英語部門の選者を務められて10年に至る。
晩年の10年に私はカーカップ氏と年に一度か二度だが、芸術談義というか、お仕事のついでにいろいろなことを語らせていただき、不思議な御縁を感じた。
カーカップ先生にお手紙を出そうとすると、なぜか不思議なことに、先生にまつわる色々な情景が浮かんでくる。

黙っていればいいものを、私もついこうしたことがあった、、と書いてしまう。
すると、それは本当だ、、、私はいま、そんな気持ちでいたのだから、、、とお応えが返ってくる。
世界的詩人とこうした文通ができたことで、本物の一流の芸術家がどんなものかを知った気がする。

あるとき、私はデパートで、とんぼや昆虫がデザインされたひとつの飴色のコップを手にした。
その時、カーカップ先生がこのコップを手にしたら、先生はある驚きを持ってご自身の幼年期をお思いだされる、、、、という圧倒的な直観を得た。

決して高価なものではなかったそのコップを、そんな直観と共にお送りした。
ご返事にはカーカップ先生の子供時代の不思議な体験が返ってきた。
先生の詩心の最初ともなるそれは出来事だったし、記憶の造形であった。

両者のそうしたやりとりを仲介してくださった翻訳の起本先生はこんなに素晴らしい手紙の交換に携われてうれしいと言ってくださった。

芸術家でなければ代弁できない世界がある。
そうした思いは本当は誰の心にもあるのだろうが、芸術家がそれを代弁してくれる。

ある日、芸術家の心に触発された私は、風が吹きすさむ野に、ジェームズ、、、というカーカップ先生の母親の呼び声を聞いたような気がした。
その時、ふるぼけた先生の肉体に新たなひらめきが入った、、、そんなイメージが私に広がった。
すると先生から新たな短歌の試みをしたという小さな作品が送られてきた。
これほど色っぽく、魅力的なやりとりができたことは、忘れえない喜びである。

享年91歳。
4月23日がお誕生日でしたので、91になってすぐにお亡くなりになった。
4月23日はシェークスピアやゴ―ゴリと同じ、大文学者と縁ある日ですと言うと喜ばれていた。
心から哀悼の意を捧げる。

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2009年5月13日 (水)

ファチマの聖日

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確かきょう、5月13日はファチマの聖日だったのでは。うろ覚えだが。
ファチマ予言が一時騒がれたが最近はあまり聞かない。

毎月13日に聖母マリアがあらわれて太陽の奇跡などを大勢の人に見せた。そして迫りくる世界の脅威について言及。ファチマ予言のもっとも衝撃的な部分、第三の予言は公開されず、バチカンにしまわれた。

これもうろ覚えだが、聖母はその時期をルシンタなど最初に接触した子供たちが生きている時代に起こると告げる。
今でも当時の子供たちは存命なのだろうか。

私も関係はないが、太陽の奇跡とまでは言えないかもしれないが、太陽の不思議な現象を見たことがある。

医者であり前世を解き明かす治療としても有名なO先生が私の信州の別荘にいらして、沈んでいく太陽に向かって、アマテラスオオミカミの10文字のマントラ を唱えましょう、、、と、7-8人で唱えたところ、太陽が発する光が生きているウエーブのようになって金色の波となってやってくる。まあ、これまでに見た ことのない光景を見た。

アマテラスのマントラに反応する太陽。
私はファチマの予言をその時思いだした。

ただファチマの奇跡はもっともっと凄いものだったらしい。

神秘現象として語っているのではなく、天体も生き物であると考えれば意志があり、記憶があり、未来を見通す力があるのではないかと思う。

とくに太陽と地球は我々の存在と大きく関係している。太陽は太陽系の未来を含む状況をすべてわかっている、、、と思ってもおかしくない。また地球も生命体と考えたほうが正しいと思うが、これから起こることを知っているだろう。

このところ火山活動に異変を感じるデータや現象が出ているという話しをよく聞くが、それは我々が抱く想念や行いと連動しているのだろう。

人心の異変は天地の異変と連携する。
少なくとも相関関係があるというのが占星術の立場でもある。

くれぐれも地球を怒らせないこと。太陽を怒らせないこと。
恐れを知るとはこのこと。

私たちは恐れるものを近代になって間違えた。

私たちは人間を恐れるようになるにつれ、自然界をないがしろにしだした。人の評判、周囲と自分の差異、上位者の意向、、、そんなこんなに気をつかいながらも自然にたいしては傍若無人にふるまった。

地球は人を罰したりはしない。しかしダメになったら人も地球ももろともダメになるので、地球は自分を守らざるを得ない。

呼吸ができなくなった大地のアスファルトを一夜で剥がし、陸を海に、海を陸に変えることができる。デリケートな地球の営みを人間が阻害していれば、地球はそれを修正せざるを得なくなる。

われわれは地球にやさしい、、、などと恐れを知らぬ言い方で納得するが、そんなものとは違うのではないか。
地球や太陽をもっと恐れる必要があるのではないか。

世界の火山が動き出している気配がある。
人知に溺れたうぬぼれ頭が大体のところで上に立っているのがいまの人間世界だが、本当に彼らは利口なのだろうか。今、人類は本当は誰に従うか、何に従う か、をちゃんと考えたほうがいいのではないか。国やマスコミや企業の言い分を信じているだけでは自分を守れないのではないか。

まだ自分を信じた方がいい。自分の頭で考える重要性が増している。
いや、自分の心で感じる重要性と言ったほうがいいかもしれない。

いずれにせよ、聖母マリアは70年以上前に私たちの未来について心配していた。そしてその時がどうやら近づきつつあるのだと思う。

すでにだましの時代に入っているので、なかなか事実が伝わらない。こういうときは直接、あなたが地球なり太陽に語りかけ、自分なりの真実を見つけることが早いと思う。

自然界は必ずあなたの個人の働きかけにも応じてくれると思っていい。
そういうものなのだ。

産土の神様はその地域全員の住所氏名などを知っている、、という楽しい話しを聞いたことがある。本当にそういうものなのかもしれない。

産土の神、すなわち地球はあなたを知っている。おそらく太陽もそうだと思う。

宗教もいいが、直接地球や太陽に語りかけてみたらどうだろう。
黒住教の開祖はそれをやって開眼したらしい。

また開運法としてだが、有名なものに毎朝日の出の太陽を心から拝む、というのがある。確かに開運するのだろう。やったことないのでわからないがそういうものだと思う。

拝むというより、太陽に語りかける、、、というほうがいま的な気もする。
真剣に思いをこめて行えば、きっと何かが帰ってくる。自然と人間には実はそういう約束があるのだと思う。

語りかけてもらえなくなった自然、、、、そして人間も孤独になった。

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アクエアリスエイジ

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私は一年以上前からミスティという雑誌でアクエアリスオラシオンという連載を書いている。今時代はアクエアリスエイジに入りつつあるからだ。

昔からアクエアリスエイジになると本物の科学技術が発達し、人々が愛に目覚め、その結果理想社会が訪れるといわれている。

時代のキーワードはアイノウである。

事実を知る、隠しごとを知る、本当のことを知る、、、その結果、あらゆるごまかし、嘘、陰謀が打てなくなる。時代は大きな意味でいまその方向に向かっている。そうやってみてみると、確かに人類のためになる本当にものすごい知識や発見が相次いでいる。

本当はそうした素晴らしいものはもうこの100年の間にわかってはいたのだが、よい時代が来てしまうと自分らの権利や儲けや権力の維持に都合が悪いと考える上層部によって邪魔され、葬りさられてきた。

今でも私が忘れられないのは、私がまだ子供時代、新聞の一面にエネルギーを閉じ込める石のことが書かれていた。これでエネルギー問題はいずれ解消される、、、的なことが書かれていたので子供ながらに私は期待したが、ついぞその続編をマスコミから聞いたことはない。

また、わずか数か月前に23時からやっているビジネスサテライトという番組で、大阪にある小さな工場の社長が登場し、水を電気分解する過程で発電する小さ な実用的な装置が紹介された。これを電気自動車につければ、ハイブリットなどはまやかしで本物の水を燃料にする自動車ができることになる。

というか、すでにできているのだが、私はさて、このニュースはこの後どうなるかな、、、と思って注目していたが、ついぞその続編を聞いたことはない。

おそらく大阪の社長はお元気でやっていると思うが、これまではこうした人は必ず事故にあったり行方不明にあったりしたものだ。

水が燃料になる、、、空気が燃料になる、、、個人でも小規模なら色々な道具が手に入る時代なので、こうした夢の技術が夢の発見が大きな権力に邪魔されずに実現化することができる。

そこがこれまでとは違う。
だからもうこうしたことを隠しとおすことはできない。

木も植物も動物も働かないで生きていく。
働かないで生きることがある意味自然な姿でもある。

水がエネルギーになる、、空気からエネルギーが取れる、、、ということは、労務の苦しさから人間を解放することにつながる。
人生の意味がまったく違ってくる。

元素転換はフリーエネルギー同様目の敵にされた発見だが、こうなるともう人間の文明が根底から覆されてしまう。

しかし元素転換をもう嘘だということはできないところに来ているのではないか。

だから都合が悪い人はそのことを無視する。
無視するしかない。反対したり、インチキ呼ばわりしたら、どこがインチキなのかを説明しなければならなくなり、本当はどちらがインチキだったかがわかってしまう。

そうなると東大も慶応もオックスフォードも関係がない、知的ヒエラルキーがたちどころに消失してしまう。

知識を得ることは大切だが、知識には二通りがある。
人間と地球を結局は破壊する方向に進む知識体系と、ユートピア的な働きをする知的体系の方向である。

この逆転現象がいま起きつつある。汚泥の処理工場の焼却灰からとんでもない量のゴールドが排出されているという。

長野県でのことなので、周囲の温泉の成分に含まれたゴールドが付着したのではないか、といわれるが、私はそうではないと思う。元素転換によりあらたにゴールドが発生したのではないだろうか。

焼却灰1トンの中に数十キロの金があったという驚き。
汚物から金が生まれるというのは、まさに夢の世界の言語であり、極めて私には信ぴょう性がある話なのだ。

鶏が生む卵のカラに相当するカルシウムを鶏は与えられなくても可能だという。
どこからなかったはずのカルシウムを製造したのか。自然界は私たちが教えられたようなものとはまったく本当は違っているのではないか。

もうそのことを隠しとおすことなどできないのではないか。

常温核融合もインチキ呼ばわりされたが、もうインチキとは言えない。もしインチキと言えば、逆にちゃんとした説明と証明の場を与えてしまうことになるので、まずい人は最後まで無視するのだろう。

錦の御旗はどちらか、、、もうすぐ錦の御旗の持つ者が変わってくる。
常温核融合は正しいのだ。
元素転換は自然に行われているのだ。
エネルギーは水からも空気からも取れるのだ。
しかも安価に。ほぼただで。

このことをもう隠しとおすことはできなくなる。

まだ戦争などで金儲けをしようとしているとは、あまりに時代錯誤ではないか。

大体、菌をばらまけば戦争の目的など達成できるだろう。
戦車やミサイルなど使う必要などすでにないはずではないか。
本当悪魔的に考えれば、軍艦や戦闘機など不要で、不要な所に、邪魔な所に菌をばらまけばいいではないか。
戦車も核も戦艦も戦闘機も、ほんとはそんなものはもう必要ないのに、わかっててやっているだけではないか。

もちろん菌などばらまかれたらたまったものではないが、だからそうした非人間的なことはダメということで、戦艦になったのか、戦闘機になったのか。

もうそうしたウソは通用しなくなる時代がやってくる。

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2009年5月 7日 (木)

職場復帰

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多くの方が連休を終えて本日から職場に復帰されたと思う。
さあ、がんばるぞ。と思えられる人は幸せだが、中には、ああ、、、また仕事か、、と感じる人も多いのではないだろうか。

私は半年ほど前にあえて誤解を恐れずに言ったことで、仕事なんかあまり真剣に考えない方がいい、、、的なことがあった。要するに今やっている多くのことはいずれ徒労に終える、、、という直観だった。


あのころと今とを比べてみるとさらにその思いは増した気がする。

もちろん働らかなければ生活が維持できないので離職はできないが、この間にエネルギーを他のことにチェンジしていくことが大切だと思う。仕事にエネルギーをすべて奪われて、その後やはり徒労だった、、、となっては何も残らない。

いま、経済は回収の時代に入っている。
先取りしたものからの回収を迫っているが、返せるようなものはどこも少ない。
すでに企業は奪えるだけ奪い、私たちから回収できるものなどなくなった。

時給1000円が労働の最低条件だと思ったのは間違いで、今は時給1000円はかなり良いほうだという。気持ち悪い時代になった。

企業の価値感から来る私たちへの要求に応じてきた結果、誰もが貧しくなってしまったが、これ以上の要求にこたえることは奴隷となることを意味する。

やはりこちら側からみた対応を考えなくては時代に殺されかねない。

こちら側からの対応は個々により異なるので何とも言えないが、ただどこにお金を使うか、、、だけははっきりと考えて暮らすことが大事だ。

時給700円の仕事を一時間やる間に洗たくをしてクリーニング代を浮かせる、ご飯を5合炊いて冷凍庫に一回分づつ分けて蓄える、、、というような作業の方が結果的に自給700円よりも有利になっているという状況が出てきたりする。

スターバックスが売上げを劇的に落として、かわりにマクドナルドが一杯100円コーヒーで売上を伸ばしているらしいが、これも考えようによっては意味のな いことだ。マックなどでコーヒーを飲むのなら、高級ブレンドコーヒーを自分で入れた方が安上がりでおいしいコーヒーが飲める。

まあ、この程度のことはみな考えてやっているとは思うが、もっと劇的な自衛を考える時代に至っているかもしれない。

アパートの一人暮らしなどは無駄が多くて、その無駄のためにワーキングプア度を上げているとも言える。何人かでアパートの一室を寝るだけのシェアをし合う、、というような防衛策が実行できれば、月五万円の収入でも楽しくやっていける可能性がある。

たとえば、月7万円のマンションを7人でシェアする。家財道具は基本的に持ち込まない。大きなバッグ一つ程度と決めればそんなには場所をとらない。食事は 6時に変わりバンコで一人が作る。食事代として一人毎日300円を徴収。これで一か月一万円。アパート代負担で1万円。あわせて2万円で最低の暮らしが成 立する。大都会でさえ。

夕食は午後7時と決める。仕事優先でなければ決められる。7人がアパートの1室に7時までに戻る。夕食当番の人だけは6時前に戻って7人分のご飯を作って おく。7時から全員で食事。わいわいがやがや、意外に楽しい。一人の負担が300円だが、旬のもの中心に買いこめばそれなりの格好はつく。ご飯だけは多め に焚いておいて翌朝の朝ごはんのおにぎり用として残しておく。これで、7人の夕食と朝食が整う。

本当に金がない人は昼飯抜きで我慢してもらおう。そうすれば2万円で暮らせる。しかも孤独でない。

一人が7万円のアパートを借りてワーキングプアとなり、将来の不安を感じているような状態とは違ってくる。そんな生き方自体がこれからは間違っている。ひとり2万円でも命をつなぐ方法が本当にこうすればあるではないか。

そのくらいの意識改革がこれからは必要なのだ。
仕事に自分を合わせていたらそれはできない。自分に仕事を合わせても月に4-5万円程度なら稼げるだろう。

最低月2万円の収入でも生きていける、、人間的に生きていける、、、となれば、私たちに恐怖はなくなる。つまらない上司の言い分にも対抗できる、冷たい政府の政策にも負けることはない。

またこうした生活を貧しいだけだと思う人は間違っている。

毎晩、顔を合わせて7人で食事をする。日曜日は私が炊事、月曜日は私、火曜日は、、、で毎晩つくるひとが変われば味にもアキが来ない。7名がただ黙って食 べるわけではない。同年代の同じような境遇の者たちが、ああだこうだ言い合いながら食事をとる、、、それだけで楽しいし面白い。

ここに新しい、これまで体験してこなかった価値観が生じる。生きることの本質的な面白さ、楽しさ、悲しさももちろんあるが、そうした高度な感情が育つ。

夕食後は働きに行く者もいれば、ゲームで楽しむ者もいれば、テレビをつけるものもいる。就寝時間は12時に決め、みな雑魚寝スタイルは仕方ない。これを貧しいと考えるか狭いながらも楽しい我が家とするかは、メンバーの資質によるだろう。

風呂にも入れる。病気になっても誰かがいてくれる。中には5万円以上稼ぐ人も必ずいるだろうから、いざというときには助け合いもある。こんな力強いことはないのではないか。いろいろな情報が7人もいれば入ってくる。その中には将来につながる有益な情報もあるだろう。

おそらく数多くの漫画家を輩出したときわ荘などは、こうした暮らしから生まれた成功物語だったのだと思う。おそらくときわ荘の中には月に2万円も稼げない者も多かったのではないか。それがみんな金持ちになった。

ものは考えようである。自分の生活、自分の守り方をもう一度、根底から常識を取り払って考え直す時期にきたのではないだろうか。

それは単なる節約とは違う。
単なる節約からは私はあまり多くのものは生まれない気がする。

私は無駄が好きな人間だからそう思うのかもしれないが、そうではなく、7人のアパート暮らしのような中から生まれる新たな価値感や生き方、目的、人生の中に、大きな可能性と宝がしまわれているかもしれないということである。

これまでのような誰かが作った、価値観、常識、考え、などから、早く私たちは自由になろうではないか。

なぜ月30万円なければいけないのか、、、そんなこと誰が決めたのか、一流企業に入ることがなぜそんな意味があることなのか、誰が決めたのか、、、。もう嘘ではないか。日本を代表するような超優良といわれた銀行ですら内情はどうなっているのかわからない時代なのだ。

もう自分の価値感にそって楽に生きようではないか。

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2009年4月15日 (水)

千駄ヶ谷会談

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明日はとても久しぶりに松村清先生のオフィスへ出向く。
久しぶりというか、初めてか、オフィスに伺うのは。

あこ先生も合流されて3人で打ち合わせ。
その後雑誌社の方を交えて、特集の企画。

私としては、ぜひとも3人での特集企画を考えたいと思う。

前にもちらりと触れたと思うが、母殺しの特集企画。

伝説上、神話上、また実際に合ったケースなど、母殺しを終えたものや、それを終えることができずに持ち続けている者の話しなどを、たとえばあこ先生が母殺 しをイメージとしてとらえ、たましいのどの領域にそれが関係しているかなどを松村先生に、私が基本的な原理的なものを語らせてもらい、最初か最後に3先生 によるトーキングなどで、4回連続特集なんて、魅力があると勝手に思っている。

日本人の精神にはとくにこの母殺しは重要である。

先日、寺山修司の演劇を久しぶりに見たが、寺山は本当の意味で母殺しをしておらず、苦しい胸の内が見えてくるのがわかった。
性のとらえかたが非常に表層なのだ。

あれだけの才能豊かな寺山には性の領域はとらえられない。
母殺しが終えてないからなのだが、彼の生い立ちを知るとそのことがうなずける。

寺山に限らず、日本の文学関係にはそうしたケースが多い。

川端康成も三島由紀男も、その底に母なるものの希求があるというよりも、奪われてしまっている。

以前、松村氏が日本人には、本当の意味での男らしさがなく、男性として成熟しているケースは本当に少ない、いない、、、ということを言っていたのを覚えている。

それは本当である。
日本人にこそ母殺しは必要テーマであり、それができないと男になれない。

そこには明治の勝てば官軍というスタートが大きく影響しているし、さらに言えば、人種の溶鉱炉としての日本列島特有の心理が作られていったことも考えられる。今回はそこまでは掘り下げられないが、せめて明治までは触れなくてはならないだろう。

河合隼雄氏も日本特有の母性の問題点については気にしていた。

母殺しは本当に重要なテーマであり、これをぜひとも3人の合同企画として実現したい。そのための打ち合わせでもある。

というか、松村氏はまだこのことをまったく知っておらず、何のことかわからないと思うが、きっとわかってくれるでしょう。母殺しとは関係のない打ち合わせで伺うことになっているので。


関係ないが、イモ類はいつ植えても大丈夫なのだろうか。
ジャガイモを植える時期はちょっと逸しているが、まだ平気なものかしら。

イモ類を作っておくと、なんだか安心感が持てる、まるで終戦後のような雰囲気がある。誰もがイモ畑を持っていたらいいのに、、、。

と、本能的に感じてしまう時代になった。

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2009年4月14日 (火)

みつばち、モンシロチョウ、アリ

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みつばちがいないと騒がれている。

気になるので数日見ていたが、確かに少ない。きょうはいたので安心したが、数は例年のいまごろに比べて確かに少ないような気がする。

今日一日農作業をしたが、ミツバチには2回しか会わなかった。
みつばちに限らず、虫類が少ない気がする。

アリがまったくいなかったので心配したが、きょうあたりから結構出てきているので大丈夫だろう。もう少し暖かくなったらさらに出てくると思う。

ただおかしいと思うのは、花類は例年よりも早い気がする。

芍薬がもうつぼみを持っているし、つつじも咲いている。桜とつつじが同時に咲くのは、山や寒いところならありうるが、通常は桜の後につつじだろう。

モンシロチョウがまったくいない、、、という知らせもあったが、これはやはり今日から出始めているのできっとふえていくと思う。
ただこあまり多くない。そしてミツバチは本当に少ないかもしれない。

これに関しては気になる予言がある。誰かは忘れたが、アインシュタインだっただろうか、、、それくらい有名な人の予言だが、ミツバチがいなくなるとそのあと4年で人類は滅びる、、、というもの。

これはそういう時代がもうすぐ来るよ、、、という予言ではなく、ミツバチがいなくなるというのは、それくらい大変な出来事であることを語った言葉。

植物の受粉は今でもミツバチが多いようで、ミツバチがいなくなると受粉ができず、当然植物の実がつかない。

そんなことがあるものかと思うが、本当なのだ。
生態系と一言でいうが、もっとも小さな部分の変化が一番怖い。

ミツバチがなぜいなくなったのかは、日曜の夜のちょっと変わった話し、、、程度のニュース内容とは異なるまことに重大な意味がある。

モンシロチョウも少ないので、これはあと一週間ほど気をつけてみていよう。
アリも見たには見たがこちらも例年よりも少ない気がする。

花は早いのに虫が遅い、、、そのアンバランスが気になる。
単なる偶然だといいが。


さて、日本はこれからどうやって食べていくつもりなのだろう。

外需で潤っていた環境が激変し、今後また元のように海外が日本の製品を買ってくれる絵はなくなっている。

段々景気が回復して海外も日本製品を買ってくるという一部のアナリストもいるが、私が言いたいのは、もうそうした構図が基本的に変わったということで、いずれ戻るという考えはあまりに無責任だと思う。

海外はもうどんなに戻ってももう前のように日本の製品を買ってはくれなくなる。
それどころか保護主義がはびこるだろうから、物は売れなくなると思う。

となると外需頼みで来た大企業の存在の意義が薄れ、むしろお荷物になってくる。

先進国ナンバー1の財政難となっている日本。

宮沢元首相がまだ存命中に、つい口がすべって日本の財政は破滅的で、、、と言ってしまったことがある。正直な気持ちだったのだろう。

すでに10年以上前から破滅していたのが日本の財政。

貿易黒字、さらに経営黒字により潤っており、財政赤字分以上の国民財産があったのでなんとかやって来れた。これまでは。

しかし現状は、海外に物が売れない、貿易赤字、さらに経営赤字にまで至るという、信じられない状況になっている。

頼みの国民財産も、郵貯、国債、などにある分はもうどなっているやらわからない、、、そんな状況ではないだろうか。

また、人口構造が内需を目指すにしてもやや無理がある。

人口が急激に少なくなるのだから、家も余る、、、車も余る、、、となれば国内でも物は売れなくなる。

ほんとうに私が言っていた文化立国を目指すしか道はないと思うのだが、そんなことはまあいいとして、どうやってこれから食べていくのか、、、を、誰も真剣に考えてないのではないだろうか。

どうにかなる、、、と思っているのだろうが、日本が生きていく道は上があまりに無責任で自分の逃げ道しか考えてないように見受けられるので、真剣に考えてくれてない。

まず、食糧の自給体制を作ることだろう。
次にエネルギーをただにする体制つくり。
これは本気でやればすぐにできるはずだ。

この二点をやれば、日本人にどうにか安心感が出てくる。

これまでのような利権や自分の利益のためにこうしたことを邪魔することはもうやめてもらいたい。
そうしなければ日本人はもう生きていく道がなくなる。
食べていく道がなくなる。

そして優秀な数多くの科学者、発明家、医師、学者などが、本当の人間愛に目覚めて、自分の命をかけて素晴らしいものを生みだし、それを世界の人のために開発していく。

水の問題、環境の問題、ミツバチやモンシロチョウの復活の方法など、、を心ある天才が道をつけ、それを国が後押しし、企業が夢を実現させる。

そうしたことがスムースに進むように、官僚も心を入れ替えて生まれ変わったように良いものが世に素早く現れる手はずを整える。

そうでないと、もう環境問題、地球の病気状態を治すことができず、すべてを失うのだ。損得争いなどしている場合ではない。

しかも上記のような意識で、それを実行する実力を持つ国は日本しかないような気がする。偉ぶって言っているのではなく、誰かがやらなくてはならないわけで、日本にしかできないような気がする。

その日本がひどい状態なのだ。ミツバチがいなくなったのだから、迫りくる危機をもう少し上は感じてもいいのではないか。

NHKのニュースを見て、へえー、ハチがね、、、と言うだけだとしたら、議員など辞めてもらわなければ困る。

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2009年4月10日 (金)

ブログ連続に挑戦

このところ連続してブログを更新中。
本日はあと少しで出かけてしまい、帰りも遅くなると思うので、連続記録が途切れるとさびしいので、今、書いてます。

もっと先に書かなくてはならない締切原稿があるが、ごめんなさい、Sさん、他。きっとやります。

なんでも続けることが大切という面がある。私は飽きっぽい方だが、それでも不動星座に星が4個あるので、本格的にやりだしたことは続いている。ブログは続けるつもり。自分の日記のようなもので、大勢の方々が訪問してくれるのもうれしい。

そんなに見に来てくれないので、やめようかしら、、、という相談を受けたことがあるが、私は続けた方が得だと言った。
ブログを続けていけば、大体は文章が上手になる。しらないうちに文章が上達するというのはすごいことだと思う。

小説家になるには、ヤナギゴオリいっぱいの原稿を書けば誰でもなれる、、と芥川龍之介は言ったとか。
なんでも継続である。

この不況で誰も苦しい面があり、将来のことが心配で不安の時代だ。とくに若い人は就職の不安も大きい。
どうやってこれから食べていけばいいか、、、今の日本は若者にとって本当に犠牲を強いる時代となった。私はそれならば、何か一つだけでも続けることを提案している。

たとえば、笑顔を研究し、自分の最高に良く見える、感じよく見える笑顔を追及し、毎日、それを実践していく、、、おそらくこれを数年続けるだけで、間違いなくその人は自分の道を開けると思う。

食べていく道、結婚の道、発展の道、すべてを得られるかもしれない。大学を出るよりもずっと確実なものがえられるかもしれない。

月に5人程度に、心のこもった手紙を出し続ける、、、ということだってやり続ければ、必ず道が開けると思う。ちょっとしたことでいいのだ、ただ、そこには、心や思いが込められていることが必要である。それさえあれば人は生きていける。この時代はとくにそうだと思う。心さびしい、まずしい、誰もが欲得でしか判断しない時代に、とびきりの笑顔、思いのこもった手紙、、、これで開運できないわけがない。

心のこもった行いを続けることが、実はどんな時代からも自分を守る最大の行動なのである。

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2009年4月 3日 (金)

満開

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春の世の夢ばかりなる手まくらにかいなくたたむ名こそおしけれ

歌でも歌いたくなる心境。
開花からずいぶんたってやっと昨日満開。この週末が見どころ。

どの桜がいいかは、人によって幾分異なる。
咲きはじめ、満開、散る桜、、、私は散る桜が好きかもしれない。

咲きはじめと散るころだと、春の実感度が違う。
散るころにはかなり暖かな印象があり、さあ、行動しなくては、、、という気持ちにリンクしていたこれまでを思い出す。

私の父は亡くなる年の桜を見て、これが最後の花見だろう、、、と語った。

 この年の花見が最後と父は言い盃とりてわれに与えき

歳を重ねていくとあと何回桜が見られるだろう、、、と思うようだ。
あと何回タンポポが、、とは思わないだろう。やはり桜の力である。

しかし枯れ木に突如花が咲くというのは、モクレンや梅などもそうだが、考えてみれば不思議。

枯れ木に突如花が咲くように世の中や個人の運勢も突然変わることがある。
何も悪いことばかりではない。良く変わることも多い。
しかしそれは大体は行き詰ったのちのことである。

まさに今の時代がそうだが、行き詰まりは問題解決を促し、不用なものをとり去ってくれる。

ロンドンではデモ隊が金融街を襲ったらしいが、彼らは自分らの敵が本当は何であったかを知り始めた。

金銭取得や権力取得の限界は大規模な上昇的変化を妨げることにある。

たとえば無料で電気が作れるとなると、エネルギー独占による利権は意味をもたなくなる。それに従うあらゆる機構や権力も無に帰すわけで、こうした人類のために本来ならなる変化は困るのである。

科学技術も自分らが儲けるようにアレンジできるものはオーケーだが、本当に人類のためになってしまうものが出ることはまずい。むしろある程度のところで人類を縛りつけておいて、それ以上発展させず、これまでの権威や権力機構、収奪機構を維持した方がよいと考える。

そしてよくばり過ぎた結果、回らなくなり、大崩壊が進みだした。それに合わせるように、日本製UFOや常温核融合、これも日本製だが、出始めた。

UFOは町工場が作ったもので、発泡スチロール製。本当は重たい方が安定して動きやすくなるらしい。軽いから動いているのとは違うということだ。
垂直上昇、空中停止、前進後退、自由自在である。

その公開が二日ほど前に行われたらしいが、当然、ニュースなどでは取り扱われない。しかし海外からの引き合いは凄く、こうして日本の天才的技術はまた海外に先に持っていかれる。

日本の上層部はアメリカべったりというか、自分から彼らにおもねてよろこんでもらうという太鼓持ち的体質なので、それを踏襲したマスコミはこうした科学技、人間を解放に結びつける科学技術の発見などのニュースは決して流さない。
その自己防衛の判断力は本当に本能的レベルで凄いと思うほどだ。

水の電気分解から水素を取り出し、そのエネルギーを利用して電気自動車が大阪の町工場でできたという最初の二ユースは見たが、やはり思った通り、その後についてはまったくどこも報じない。

環境問題を根本解決できるのに、彼らは本気で環境問題などに取り組んでいるのではない。環境、環境と言って、また自分らが支配できる範囲での金儲けのシステムがつくりたいだけ。気持ちが悪い話しである。

水で走る車でいいではないか。なぜ広めない。

エンジンのない飛行機が垂直上昇し、垂直に下降し、空中停止し、自在に動ける、、、それが町工場でできるのだ、取り上げて援助してあげれば日本は全人類に貢献できるではないか。なぜそれではいけないのか。

なぜ、フリーエネルギーを発明した大天才たちを学会から締め出してきたのか、、、、。だから一度壊れての方が全員のためになる。

当初は大変だと思うが、あっという間に私たちはユートピアを作れる。

結局良いものをストップさせてきたのは、人間の欲と、それと同じくらい大きな、人間の劣等感なのだ。劣等感の強い人があらゆる上にたって現在のシステムが維持されている。人間性の問題であり心の問題がこの世のほとんどの問題を作ってきたと思ってよい。

ああ、あのUFOすごいですね、、、と、素直に言うだけでいいのだ。
それが言えない。

隣の御主人、お給料が100万円ももらってるみたいよ、、、と、ただ凄いなと思って奥様が自分の旦那に言ったとたん、旦那は怒り出す。旦那は自分がそこま でもらえないことが自分のコンプレックスを刺激することに堪えられないからである。するとその家ではお給料の話しができなくなる。

NHKも日本の民放も同じである。
発布スチロールのUFOがすごいと言えない。
常温核融合が日本で完成していると言えない。

しかしよく考えてもらいたい、もうそんなことをしている場合ではないだろう。
本当に良いものをだしてあげて、人類に貢献するのが大切だろう。

自分だけ守るつもりかもしれないが、そんなことでは自分すらも守れなくなるのではないか。

裸の王様がもう裸であることは、みんな知っているのだ。
風邪ひかないようにそっと服をかけてあげて、あとは正しい、事実を述べることが、マスコミにできる罪滅ぼしではないか。

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2009年3月26日 (木)

年賀状の持ち歩き

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私のかばんの中にはまだ年賀状が。

暮れに出せず、お正月にも間に合わず、立春大吉で出す機会も逃して、どうしよう、、、、と思っている年賀状。

まさかいまさら年賀状では無理なので、ごめんなさい。
きっとどうにかお返事します。

しかしあまりにずさんなこうした自分の対応にほとほとうんざり。
というか、さぞうんざりされていると思う。

3月も終りだというのにまだ年賀状も出してないひどすぎる状況だけど、本当の私の願いは、ゆっくりと手ごたえを持って色々なことをやりたい。

どっちかというとマスコミの世界で長いこと生きてきたので、仕事の要領は早いほうだと思うが、やり方にじっくり感というか、丁寧感が不足するジレンマが常にある。

素早さや反応の速さはこれからの時代にはあわないと思う。

ゆっくりでいいから積み重ねる、、、それでいて、自分だけのペースにならず、心の余裕分で周囲に対する語りかけや思いやりが出てくるようなやり方が、これからのものだろう。

ゆっくりやったほうが本当は面白いものができてかえって効率的なのだ。

家事などもそうだと思う。あわてずゆっくりとひとつづつ丁寧にやっている主婦の方が、大体は多くのことをこなしている。それもハイレベルで。

人生もそうなのかもしれない。
何もあわてる必要はない。

とくにつまらないのが、人と自分を比べて不満に思うことではないだろうか。

私なども他人が高配当の馬券を的中するのを見ると強い羨ぼうを禁じえない。
なんで自分にはとれないの、、、と、まるで子供だ。

本当はあわてることはないのだ。競馬には必勝法があって、実は、単勝でも枠連でも何でもいいのだが、たったひとつしか買わないで通すことである。

たとえば、単勝で言うなら、1番しか買わない。何があってもどんなレースでも、買う馬券は単勝の1番だけ。これだとまず儲かる。

検討するのは、常に1番の一頭だけでよく、時間をかけて、この1は来そう、来なそう、、、と、じっくり検討できる。じっくり検討できるので、意外な穴馬だ としても、これってひょっとするとくるよ、、、的な妙な感覚も湧いてくる。本命も穴馬も、それなりにゲットできるケースが出てくるというものだ。

単勝1番しか買わない必勝法はこのように非常に有意義だが、これをできる人はまずいない。大体はいろいろな馬に目が行き、あれこれ検討するうちに色々な馬券を買いこみ、それではずれて損を重ねる。結局は欲により混乱に導かれてしまう。

単勝1番しか買わない必勝法ができる人は、あわてず、自分のペースを信じ、それに乗って行ける人だけ。

要するに、本当の意味での自信だろう。

多くの人は自信が持てないから、あの馬もこの馬も、、、とついつい目が行き、手が伸び、サイフも伸びてしまう。競馬は単勝1番しか買わない、、、ということを一生続けられる人は、何をやっても成功するに違いない。それほど凄いことであり、だからこそ必勝法でもある。

もっといえば、大金をたった一点の馬券にしかも高配当の馬券に、なんらかの思いがあって賭けるとき、これも必勝法となる。


なんだか、いろいろと話したいのだが、知らぬまに競馬の話しになっていき、大勢のヒトは白け気味になると思うので、またにします。

けっきょく何を話したかったのでしょうか、、ということだが、これからは自分のペースでゆっくり誠実に物事にトライし、それを積み上げていくということが、これからの時代のやり方だと思うということでした。

すでにやっている人は主婦などには多い気がしますし、優秀な人はみんなそうしているよね。

自分も本当に学ぼうと思います。

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2009年3月17日 (火)

春の顔  お答&トーク

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Q1.これは何の顔?

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Q2.ではこれは何? 水の中にあるドーナッツみたいに見えるけど、、、

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Q3.ちょっと不気味な植物、、、

Q1は簡単。あのトゲトゲの先端に芽を出した、、そう、タラの芽。

まだ小さいのでたべたら気の毒。1シーズンに二回までは採集できるそうです。
3回目の芽を取ってしまうと木が枯れてしまうようです。



Q2は、絞り水がたまっている小さな池の中に、何やら不思議なドーナッツ状の物体が。よく見ると中にぶつぶつと小さな黒いものがあって、やや不気味。

実は私もよくわからないのですが、一緒にあった普通のカエルの卵は水があふれて流れてしまったけど、このドーナッツは流されずにしっかり定着。何かの卵であることは確実ですが、結構大きいんです。太さが3センチほどあるドーナッツ型の卵。大きなカエルのものかな。それにしてもあんなに大きな卵を埋めるカエルとなると相当大きいのでは。もうすぐ孵化が始まるのでどんなオタマジャクシが出てくるか、また報告いたします。



Q3は、正式名称はわからないけど、私は昔からマムシ草と呼んでいる。

写真ではわからないけど、茎の部分がマムシの肌に似ているうえ、花の部分もマムシが頭をもたげたように見えるので。

さてさて、また妖精さん発見。確か3年ほど前にも、カトレアの花びらの上に、おとめ座的な女性の顔がのぞいていたことがあったけど、まったく同じ顔を、コナンドイルが集めた妖精写真集でも見た。同じ妖精が遊びに来てくれた、、、と思ったけど、よく見ると、あれはテントウムシだったと思う。テントウムシが花びらの上にいると、あのような顔に見えるのでしょう。でも、テントウムシも妖精という考えがあるので、妖精でよいと思っています。


さて、今回マムシ草にあらわれた顔ですが、右の葉というか花の上の右端に、おかめのような顔が見えます。拡大するとよくわかります。
さてさてどんな妖精なのか楽しみ。おそらくは森の中の光の加減で見えたのだと思うけど、すごく日本的な顔だちをした妖精さんです。
春の顔シリーズで表れてくれたので、きっと挨拶がしたかったんでしょうね。

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2009年3月16日 (月)

出会いと別れの季節

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ちょうど卒業式シーズン。18日あたりがピークだろうか。

町中では花束を持った学生や社会人、また停年や転勤だろうか、おじさんが花束を持つ姿も珍しくない。

3月から4月は出会いと別れの季節である。

謝恩会の帰りだろうか、女学生が15名ほどお茶を飲んでいる姿を見て、感慨深く思ったことがある。

このうちの何人かは、きっと誰から見ても幸福な人生を送っていき、また何人かは、大変で苦しい人生になっていくのかもしれない。そして言えることは、この15人が一人もかけずに会うことはおそらくここが最後でもう二度とないかもしれない。

この喫茶店を出て、じゃね、、、またね、、、、と別れたら最後、もうこのメンバーでは会えないかもしれない、、、という勝手な思いがわいてきたことがある。

関係のない中年のおじさんが謝恩会帰りの女子大生の前途を心配しても何の意味もなく、いい迷惑だと思うが、この季節になるといつもそんなことを感じてしまい、皆のこれからの幸福を密かに願う、、、というのが、妙な趣味になってしまった。

誤解ないよう言わせてもらえば、何も女子大生に限ったことではない。この時期に集団が集まっているのを見ると、集散和合の運命の動きが感じられてしまい、その人たちの幸福を願わずにいられなくなる。

人が集まる場所は大木のようなものだと思う。

大木は自分からは動けないが、数多くの葉をしげらせ、花を咲かせ、種や胞子を飛ばす。大木はきっと風が来るのを待ち、胞子や種を思いっきり飛ばすタイミングをはかって、さあ飛んで行け、、、と一斉に緩める。

風に乗って飛ぶ胞子は学校が生徒を送りだすことに似ている。

このうちのいくつかは、芽を出すことなく腐ってしまい、いくつかはどこかで芽を出すが、無事に成長できるかどうかはわからない、数少ない幸運な胞子はきっ と大きく成長し、立派な木になっていくのだろうが、大木も学校も、すべての子供たちの安全と成長と発展を願って手を放し、胞子や子供を外に出すのだ。

こうした願いの美しさが学校にはなくてはならない。

昔の卒業式では必ず仰げば尊し、を歌ったが、今は歌わない学校も多いと聞く。
何を歌うのかというと、好きな歌を選んで歌うという。
なんだかおかしな話しに感じる。

本人たちがよければそれでいいともいえるが、それだとどこに思いがあるのだろうか。送り出す者の思いや送りだされる者がの思いは本当に作られるだろうか。

何も仰げば尊し、が良いと言っているのではないが、あの歌詞とメロディには、長年かけてその歌の中にある思いが多くの人たちに感じられ、心を揺さぶってきたものがある。こうしたものがなくなるのは、学校生活そのものに、思いがないためなのだろう。

要するに、心に沁み入る思いがないのに、ああいう歌を歌っても意味ないということだが、それならば学校自体意味がないともいえる。

教育は今後変わっていくことは確かだが、人間の心を作ることに完全に失敗したツケはこれから大きくなってくる。

日本や世界がおかしくなったのは、人間の心を育てられなかった大人の責任なのだ。未熟な心という不良資産の重みが段々と増していき、日本も世界も厳しいものになっていく。まずは心を育てることから始めるのがいいが、日本の教育の最も下手な部分である。


学校教育の基本は悪い人を誰も作らない、ということがカギを握る。
悪い人を作る学校は必ずおかしなことになる。

物事にはもちろん悪いこととよいことはある。これははっきりさせる、しかし悪い人と良い人は作らない。そこが社会と学校の根本的な違いである。

勉強ができない程度で悪いと言われるような教育では、話しにならない。
勉強は大切だが、心が育つことはやはりそれ以上に大切である。

心さえある程度育てば、何かで必ず努力できる子になるので、勉強はダメだとしても、きっと生きる道を見つけられるようになる。

今の時代は人間の心がダメなので、少しの障害ですぐにダメになってしまい、すぐに生きられない状況がやってきてしまう。


うお座星のローズ水プレミアムは売り切れました。次回新月は3月27日、牡羊座プレミアム調合予定ですので、しばらくお待ちください。
ありがとうございました。

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2009年3月 6日 (金)

生活の夢

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人間の幸せって何だろう。

粗食でも体によい新鮮な食べ物を食べ、
自然に取り囲まれ、
愛する異性と一緒に、
昼間は働き、夜は仲間と焚き火を囲み
歌を歌い、食事をし、酒を飲む。
そして寝る。


これ以上の幸福があるとは、どうしても私にはわからない。

もちろんそれぞれの価値感が人にはあるので、どんな幸福でもその人の求めるものがいいのは当然だが、極めてシンプルな上記の幸福は、誰にも作れるレベルのものでもある。

ジプシーはずっとそうやって暮らしてきた。ただし、あまりに貧しかったので、こうした生活もできなくなったりしたが、現代人なら、もっとずっとレベルが高い形で上記のような生活が手に入れらるはずだ。

快適で清潔な家と環境、、ぜいたくはできなくても、毎日の風呂はもちろん、三食の食事、それなりの服、、これらの生活は今は誰もが日本では可能。

その上で、上記のような暮らしができたら、どんなにか幸せでないかと考えてしまう。幸福になるためには、お金はあまりかからないと思う。

かえって一定以上のお金があると、幸福が遠ざかる、そうした構造をしているはずだ。上記のような幸福レベルなら、地球は全員に与えることができるのではないだろうか。

不用な消費にせきたてられた結果、現代人は上記のような幸福をうしなってしまった。焚き火を囲んで仲間と食事して歌を歌う楽しみは、車やローンが奪っていき、その変わりに残業やワーカホリックに変わっていった。

今回の金融崩壊がもたらす影響を私は多くの人々のライフスタイルの変化にまでいずれは及ぶと考えている。その際に、手ごたえのある自分が好きだと思う生活 のイメージ、、、お金をかけなくても達成できるイメージだととくによいが、そういうものが必要になってくる。イメージがないと次に進めなくなるかもしれな い。

ことに自分の毎日の生活のイメージがあると、世の中がどんなに変化したところで、すべてがチャンスに思えてくるものだ。

お金がなくても可能な自分なりに考えた楽しい生活のイメージを今から組み立てたり、想像してみたい。素直な人などは、想像しただけで現実を呼び寄せるものだから、その意味でも意義は大きい。

楽しい生活の夢、、、、時代の変化は悪いばかりのものをもたらすのではなく、素敵なプレゼントにも満ちている。

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2009年2月12日 (木)

母殺し

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マザコン、ファザコン色々あるが、両親の心理的操作をどこかで断ち切らない限り、人間には自由はない。
そんな話しを森村あこ先生と話していたら、ひょいと、「母殺し、、、」という言葉を森村先生が発案した。

凄い言葉である。説得力がある。
共同企画としていずれ何かの雑誌で特集を組むことをお願いした。
私は長年人生相談をラジオや雑誌でやらせていただいているが、悩みの多くに、この問題がある。

私たちはなんらかの心理操作を両親から受けている。
それが必要な年齢ならばよいが、無意識に入り込むことで、生涯にわたって私たちが呪縛されることは多い。

私たちは一度どこかで、母殺し、また父殺しをやらねば自由になれない。
もちろん心理的な意味である。
生きることをきゅうくつに感じる、、、生きることの手ごたえが希薄である、、、、ひどい場合は何をたべても味がしない、同じ味に思える、、、心理的に追いつめられるとこうしたことが起こるが、まだ自分の人生ができてない。

両親が昔植え付けた命令のまま人生を生きている、、、、。
そういうケースが非常に多い。父親の強制はわりとわかりやすい。
だから病理となって出る場合でも、父が原因しているとすぐにわかる。

そうした意味で病理は深くない。しかし母親は別である。
人生に悩む人の多くは母親との関係が心理的に清算されていないものだ。
日本特有の母との関係における病理の根は深い。
明治維新ごろまで掘り下げて見る必要がある。

明治維新は仕方ない側面はあるものの、かなりインチキな変革であったことは今ではわかってきている。
西欧に対する卑屈さは今の政治にまで延々と受け継がれていることを見ても根は深い。
明治の元勲の中には、日本語をやめて公用語を英語にしようなどとまで考えた者もいる。
西欧に尻尾を振れば、当然そのコンプレックスにより、自国民には威張りだす。
そこに見せかけの男らしさが登場する。
勇ましく威張り散らし、それでいて深い愛情はない。

威張り散らすのは、劣等感からである。
西欧と対等に渡り合えば、自国への誇りも自国民への愛着と誇りが当然生まれる。
しかしそうではない人が上にたった。

この流れは日清日ロ戦争の勝利により、大勢となってしまい、劣等感に裏打ちされた神国日本の幻想を生みだす。
そして敗戦。
しかし、もともと西欧と裏で通じ合っての開国、明治であった流れは、第二次大戦後も同じであり、戦後日本の政治と経済の基本スタンスが同様のタイプで受け継がれる。

これが日本の悲劇であった。
政治と官僚的な冷たさは、まさに彼らの劣等感の裏返しであった。
その原因の元に、まさに決別できなかった心理的な母があった。
劣等感の男はみせかけの男らしさで威張り、女がそれに同調した。

男を立て、自分らはずるく保身をはかった。
男をおだて、自分は弱い立場に立つことで身の安全を図る。
ようするに見せかけの男らしさに対して、見せかけの女らしさで対応したずるさともいえる。

この構図を抜きに明治以降の日本の歴史を語ることはできない。
ここが元である。
保護される立場の女はそれでもよかったが、保護してくれる者のいない弱い女は本当に悲劇だったのだ。
男が冷たい官僚によって死地に追いやられることが戦争でもビジネスでも行われたように、女も、ずるい女の振る舞いにより、本当に厳しいこの100年を生きて来ざるを得なかったのだ。

男の敵は男であり女の敵は女だった。
男は女によって育てられるのが自然なのに、この流れが日本ではなくなった。
そして日本には男らしい男性は本当にいなくなっている。
女が男を育てなかったのだから当然といえば当然。

外見的に夫や男を立てる社会は、ずるい女の中に復讐心を生む。
女が自由になれる、強くなれる免罪符は子供を通して自分の思いの実現となる。
そして子供を操作することで家のすべてをコントロールする方法を編み出す。

だから今の日本では結婚して子供がいる妻は大体は強い立場にある。
しかしその時、子供は母のコントロールの犠牲となる。
こうした一連の心理的な流れと力学を一度きちんと整理したいと思っている。

第一段はぜひとも森村先生と共同でやりたい。
断ち切れない母の存在により、人生を狂わせた物語や歴史は多いと思う。
コントロールマザーは見せかけの母とならざるを得ないので、妻や女にはなりえない。
都会の核家族ではこうした心理的構図が一般的にさえなっていると思う。
心理的な意味での母殺しを、あなたは終えているだろうか。

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2009年1月26日 (月)

ハッピーバースデイ

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と、自分で言ってもむなしいが、本日は私の誕生日。
母が残してくれた母子手帳があったので、生まれた時刻も正確にわかる。

渡り鳥は夜空の星座の様子を頭に入れているらしいが、私も自分のホロスコープを星の配置の形で体得している。

部分的な解釈より、ホロスコープ上に並ぶ星の形が何かを伝えてくれる。
昔、ルルラブア先生が、ホロスコープを作っていると解釈するというのではなくて、その人のことがわかってくる、、、と言っていた。

昔は手書きのホロスコープだったのでとくにそうだったのだろう。
南半球の空を見た時、これは、初めて見る星だ、、、と思った。

星の配列を私たちはどこかで覚えているのだと思う。
もしかしたらそれは遺伝子の中にしまわれている記憶なのかもしれない。
人は数百万年も前から同じ星空を見ているのだから、そうでないと考える方が不自然かも。

星と星の配列は三角や四角や長方形、六角形などを形作り、それは幾何学の模様につながる巨大な情報を有しているかもしれない。
星空を見つめることは、飽きることのない瞑想であり、思索である。

その星が夜空に見えない時代はやはり異常であったと思う。
金融崩壊の先にある夜空はきっと美しく星星を再生させてくれるかもしれない。
新月まじかの冬の星座は今夜はとてもきれいに輝いている。

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2009年1月 9日 (金)

昨日の続き

初雪が降ったそうである。
私のところは雨だった。しかしかなり冷える日です。

一月はこれから大統領の就任式、ジュセリーノさんの大地震の予知である1月25日など、気になることが多い。
なぜ太陽みずがめ座イングレスに合わせて大統領が就任するのか、偶然とは言えやはり気になる。

というのは、パウエルはじめ、アメリカ上層部の人が、大統領就任直後に劇的なことが起こる、、と言っている。
これにはふたつの可能性がある。

そうした大事件を阻止するためにリークする場合と、あらかじめそれとなく伝えておいて心の準備をさせておく、という2タイプ。

これまでの常識でいうと、前者が多かったが、今回はどうだろうか。
気になるのは、オバマがこの数日しきりに劇的な変化が必要、、、と述べている点。
大統領はじめ政治家の言葉は海外では日本と違って重たいもので、劇的な変化、というか劇的な変更のイメージに近いが、そういう言動を発すること自体に不気味さがあり、何かがありそうだということにどうしてもなる。

大統領就任直後にすぐにやらなければ間に合わないような何かがあるということだろう。考えられることは、驚くようなルールの変更である。
デフォルト宣言をするという人もいるし、通貨切り下げをするという人もいるが、私にはわからないが、何らかのルールの変更を宣言する可能性はあると思う。

パウエルが言うのは、就任式当日か翌日か、近々に、、、という感じだった。
現在、アメリカでは飢えの危機に陥っている人が12パーセントおり、その数は今後さらに増える。

12パーセントというと、完全にマジョリティーとなる。
アメリカが急きょ軍隊を本国に戻したのにはこうした事情がありあきらかに暴動に備えている。
実は日本だって対岸の火では済まない。

今回の金融崩壊にあたり、日本がもっとも被害が少ないのは本当だが、しかし日本には日本独自の弱点がある。
食糧についてそれが言える。
先日、フォトンベルトの著者である渡辺氏がなぜか木星インみずがめ座のディナーに来てくれて語ったところによると、バルチック海運指数の異常な低下は、簡単に言うと船による物資の移動が10分の1に下がったということで、日本の場合は日本に輸入される食糧がもうすぐなくなる可能性があるという。

確かにバルチック海運指数は急降下し、船が動いてない、、、というのは事実である。
これはドル決済が信用できないということで、積荷を止めていると私は解釈していたが、その理由が何であれ、10分の1にでもなれば確かに食糧も来なくなるだろう。
少なくとも輸入食料の値上げは円高の中でももしかしたら起こってくるかもしれない。

中国の食品事件もうまく使われてるかもしれない。
日本にはもう売れません、、、という絵を作りやすくなっている点が気になる。
それもこれも、日本はアメリカのご機嫌ばかりとる人が国や経済を動かしてきて、国の自立や安全に気持ちを向けなかった結果であり、内需の弱さの原因でもある。

本当にすべては人である。日本は国民は平均して優秀だが、上がダメになった。
トヨタの奥田問題発言に見られるように、またキャノン御手洗の陳腐な価値感に見られるように、官僚、政治家は言うに及ばずで、とにかく貧しい。

日本はこれからは技術立国でも商業立国でもなく、民族の芸術性が問われる時代に入りつつある。
日本はその点は世界に誇れるものが多いにあるが、上に立つ人に芸術で金儲けができるか、、、という貧しさがある。
これからはそうでなければ金儲けすらできないと思うけど。
どこの会社でもこうした傾向があり、上が貧しくなっている。

その証拠に、どの集い、どの会合、どの会食などでも、一番偉い上の人が自分の自慢話しを始める。
どの会社もそうである。上が本当に馬鹿になっている。
部下を育てたいのなら、若者を育てたいのなら、社長や会長こそ、自分の失敗談を語るべきなのだ。

そうすれば下は必ず聞いてくれる。真剣に聞いてくれる。
そして、社長や会長もそうだったのか、、、と思って自分と近く感じ、自身を持ってくれる。
しかし今の上の人はそれができない。要するにまだ飢えているのである。

貧しいのだ。金儲けだけできたから、自己実現ができてない、、、そうした貧しさがどうしても人前で出てしまう。

抑えられない、、、上がやってきたことと言えば、合理的な判断、早急な利益追求、スピード化、非人間化、、そして一番損をしたのだ。
冷たくて頭のいい人は最後には一番損することになる。本当に不思議だがそうなる。
自然界はとても気前がよいもので、太陽の熱もそうだし、木々の実りもそうである。

むかしから村を救ったイチョウの大木というのがよくある。
貧しい村にイチョウの大木があり、冷害の年になるとなぜかよく実をつける。
高カロリー、高タンパクの無数の銀杏の実が、村人を寒い冬から救う、、、。
自然はたった一本のイチョウで数百人の命を救えるほど気前がよい。
目先の利益に目がくらんだ人は日陰になると木を切り、高く売れる農作物に目がくらみ、そして木を切ってしまう。

自然を壊し、工業化をすすめ、そして世界はこのざまである。
そうした流れをリードしてきた威張っていた人はこれからの時代のかじ取りはもうできない。
私たちもこれからの混乱の時代に際し、命をつないでくれる気前のよいイチョウの木のようなものを探す必要がある。

自然を復活させる、自然の力を復活させることが人類の課題になる。
なのに、まだ来年には景気は戻って、、、、などと馬鹿な上が語り出す。
もうそういうことではないのだ。あなたのイチョウの木は何だろう。それを探すこと。

甘えられる自然を持つこと。
カイワレ大根でも、小松菜でも、株でもいいが、小さなカップやコップを数十個集め、土を入れ、家中におけるだけ置く。

そして種を毎日3鉢程度に入れていく。
今日3鉢、明日も3鉢、あさっても3鉢、、、そして2週間で42鉢。
そのころには最初の鉢から間引きして食べられる。新鮮な野菜が食べられる。

一切野菜を買う必要はない。そんなことでも野菜が命をつないでくれる。
働きかければ自然は気前よく返してくれる。
窓際にすべておけば、おそらく工夫次第で100個は置ける。
凄い収穫が期待できる。自然が与えてくれるものは収穫だけではない。

家じゅうが緑となり、青々となり、空気まで変わるだろう。
緑がそばにいてくれる、、、その優しさ、潤い、元気が満ちてくる、、、私たちは命のありようを植物からきっと学ぶだろう。
昨日の続きを話すつもりがなんだか違ってしまったので、続きはまた。

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2009年1月 1日 (木)

2009年スタート

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木星みずがめ座にイングレスは1月6日。
09年はみずがめ座の年になります。

みずがめ座は変わり者が多い星座ですが、自分の利益追及のための言動はせず、
大きな意味での真実や、全体の利益を考えて言動できる星座です。

私もみずがめ座生まれなので、今年は頑張りたいと思います。
私は長所の少ない人間ですが、ただひとつ、自分の利益と関係なく、全体の利益で物を考え、行動できる面はあると思います。
そうしたよい面をなんとか生かせたらと思っています。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。愛


1月6日予定の、木星みずがめ座入座記念ディナーのお申し込みは、ただ今で締め切らせていただきます。
大勢のお申し込みありがとうございました。

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大晦日

年に二回、私は大祓祝詞を自分で上げているが、きょうも日没前に祝詞をあげた。

なんだかさっぱりする。

いよいよ09年。今年はなんだかあっという間に終えてしまった。

毎年そうだけど、手ごたえのない年だった。

しかし内的な手ごたえはかなりあった。

私は昨年を、あらゆる努力や営みが徒労に終わる、、、というイメージを持っていた。

そしてそれはかなり当たったと思う。

また、冥王星の格下げの影響が出てくる年だとも思っていた。

数多くいる占星術師の中で、冥王星の小惑星格下げに重大な意味を持たせたのは、世界でも日本でも私は自分以外になかったと思っている。

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それは核と金融を武器にのし上がったアメリカの衰退を暗示すると、私は昨年のいまごろ、はっきりと述べた。いま、世界に起きていることはまさにこのことである。

アメリカ支配の終焉が始まった。

数日前のイスラエルのガザ地区爆撃はひょっとすると中東大戦にまで進む可能性がある。

そうなったら、なんということはない、まさにハルマゲドンとなる可能性ではないか。

この事態がどういう動機で起こされたのか、まだ今のところはわからない。

しかし言えることは、どちらの勢力が起こしたというよりも、あらゆる勢力が、ならばやるよ、、、、的な形で起きているところが不気味なのだ。

まったく関係ないのは日本のはずなので、日本はここで国際政治のありようが問われる。

アメリカ一辺倒の政治で日本を救うことはもうできない。

金融の崩壊も行きつく先はドルの消滅だろうから、ドル心中を行うのか、独自の路線を歩むのかが、来年には問われなくてはならない。

しらばっくれて何もしないでいる自民党だが、本当にそれでよいのか。

のちにどこにも顔向けできなくなるのではないか。

こうして凄い問題をはらみながら08年は暮れようとしている。

何であれ、今年も無事にこれたことを喜ぼう。

これからは一人一人が自分の未来を切り開くこと。

どこかに乗っかって、、、という生き方はかえって苦しくなってくる。

何か考え、実行していこう。

何も変えない、というのもあるが、その場合でも覚悟したうえでそう思えば問題はない。

要するにこうした時代を生き抜く覚悟があるかないかが大切だと思う。

私は豊かな未来や成功などを考えるよりも、最悪、生き抜く、何がどうなっても生き抜くという低い段階での覚悟が大切になってくると思う。

29日の晩にあるチョコレート会社が大手に吸収合併された。

仕事ができる人間的にも尊敬できる社長だったその会社でさえ、デリバティブの失敗からそうなった。

レバレッジを数十倍も効かせた金融商品がパンクしたら、損害もレバレッジ分となるのだから、まじめでそういうことを疑わない人がやられる場合がある。

たとえば、数十億以上の余剰資金がある企業なら、現金でそれを持つことはまずあり得ない。

やはり何らかの投資が行われる。

その際、分散という考えから、多少は危険もあるがリターンも大きい金融商品を組み入れたとしてもまったく不思議ではない。

その際、トリプルAの金融商品があったなら、よほどの裏事情に注意深い人でない限り検討してしまうだろう。

数百億の余剰金の運用で、わずか一億程度のデリバティブを入れたとしても責められない。

しかしその一億に100倍のレバレッジが効いていて、すべてがパンクしたとしたら100億の金が吹っ飛ぶのだ。

トリプルAの商品でそんなことは起きないと思った企業があったとしても何も不思議ではない。

これからこうしたケースが続出してくる。

体力のある企業の方が我慢比べをしてしまうだろうから、表になかなか現れないが、来年になればきっとたくさん出てくる。

資本主義はやはり崩壊していく過程に入ってのだと思う。

来年の春程度まではまだのんきな気分も出てくるかもしれないが、この金融の崩壊は春過ぎごろから第二ステージに向かうと思う。

もしかしたらもっと早いかもしれない。中東情勢によってはそうなる。

現在のドルは崩壊し、新たな通貨制度も意外に早い時期に出てくるかもしれない。

昨日は湾岸通貨が承認された。ディナールだかなんだかだったと思う。

私は人間はすべてのヒトがひとりづつ、本当は芸術家だと思う。

生きるとは自分の芸術をつくり、そこに生きることではないだろうか。

自分の芸術としての表現。それは何でもいいと思う。

しかし、自分の芸術表現でない限り、生きていてもつまらない。

人間は本当はそうできているのではないだろうか。

百花繚乱、すべてが喜びの表現であり、それにより、神が人を作った意味がわかる。

神様、私はこう感じました、、、神様、私はこう踊りたい、、、こう歌いたい、、、こう語りたい、、、こう書きたい、、、こう仕事がしたい、、、だから私を守って育ててください。

と、嘘でなく祈れるだろう。

金をください、、豊かにしてください、、出世させてください、、、と祈るよりも、大体祈りやすくないだろうか。

とにかく、今年も色々とありがとうございました。

つたないこの日記を今年もお読みいただき、心から感謝いたします。

また、私が開発したローズ化粧品のご愛顧をいただいた皆様には特別な感謝を申し上げます。

来年も、マドモアゼル・愛をどうぞよろしくお願い申し上げます。

では、よい年をお迎えください。

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2008年12月25日 (木)

クリスマスの夕暮れ

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あらゆるバイアスが消えると、どんな自分が見えてくるか、、、

ありのままの姿、、、その美しさ。

あなたにしか感じられないこと、できないこと、が、きっとある

それがあなたに生まれたプレゼント

あなたが神様からのプレゼント

きれいごとではなくて、それが本当だと気付かせてくれるクリスマス 。

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クリスマスの夕暮れ

クリスマスはお祝いの日。

それはすでに人が救われたということ。

これから救われるのではなくて、すでに救われている。

ただ人はまだそのことに気づいてない場合が多い。

あなたの問題も本当はもう解決している、ということになる。

ただまだそのことに気づいていないだけ、、、そのことを教えてくれるクリスマス。

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クリスマスの夕暮れ

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クリスマスの夕暮れ写真をいくつかアップ

私からのささやかなプレゼント


派遣で厳しい年の瀬を送りそうな人、、、めげないで生き延びて

厳しいバイトや社会の冷たさにあえぐ人、、、決してひとりではありません、どこかに必ず仲間がいるはず


冬至、土星祭、クリスマス、、、すでに陽は長くなり出しています


メリークリスマス  メリーメリークリスマス

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クリスマスの夕暮れ

小学生の時、クリスマスに父が買ってくれた電車のおもちゃ、、、そのにおいは今でも覚えている。

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2008年12月24日 (水)

メリークリスマス

その頃、全世界の人口調査をせよ、との勅令が皇帝アウグスツスから下った。
クリスマスになると聖書のこの一文を思いだす。

クリスマスになると教会ではイエスキリストの生涯の様子を誕生から十字架、復活にいたるまでを語り継ぐ。
最後は主、イエスよ来りませ、、、というヨハネの黙示録の一文で終える。
ローソク、聖書の朗読、そして賛美歌は、私の心の奥にある心理的な背景であり青春時代と完璧にリンクする。

私の青春は教会活動そのものだった。
そしてキリスト教義に疑問を感じだして私は教会を去ったのだが、今でも賛美歌を歌うことは、私にとっては礼拝そのものであり、私の信仰でもある。

もっと言えば歌を歌うことが私の信仰なのである。
今は披講に取り組んでいるが、それを歌う姿勢もやはりどこか自分の中の神への祈りとして歌うスタンスになっていると思う。

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カンツオーネを歌うときも、演歌を歌うときも、きっとそうなのだと思う。
普通には歌えない。
何かに訴えるように、何かにぶつけるように、何かに救いを求めるようにしか、私は歌うことができない。

イエスの誕生はまさに暗闇に輝く一本のローソクであった。

ドストエフスキーが間違って捉えられて牢獄にいれらられたとき、獄中で聖書を読みふけったという。
そして彼はつくづくと言う。イエスほど愛に満ちた人間はいないと。
私もそう思う。聖書にあるイエスの活動、言動の一つ一つには深い愛と慈悲が込められている。

イエス    私にどうしてほしいというのか
女      主よ、見えるようになることです
イエス    ならばそうなりなさい

こうした一見、変哲もなく見える会話に深い愛がこめられている

イエス    まず自分に罪がないと思う者がこの女に石を投げるがいい
イエス    どうした、石を投げる者は誰もいないのか。私もお前を罰しない。行きなさい。二度と間違いを犯さないように。

こうして罪を犯した女をイエスは助けた、という箇所

次に、取税人と言って、人々から嫌われていた男がイエスを一目見ようと木の上に上って眺めていた。その時にイエスは取税人に言う。

イエス    今宵はお前の家に泊まろう

捉えられたイエスは十字架につけられる。その際、左右にやはり十字架につけられた犯罪人がいた。一人はイエスをあざ笑うが、もうひとりの犯罪人はイエスに語りかける。

犯罪人   主よ、私は悪いことをしたので十字架にかけられるのは仕方ないのですが、あなたは何も悪いことをしていないのになぜ十字架にかけられるのでしょう。

イエス   あなたは今宵、私とともにパラダイスにいるであろう。

なんと暖かな言葉だろうか。イエスはともに十字架に架けられた犯罪人をなぐさめ、その言動によって救われた犯罪人をパラダイスに招くのである。
こうして私が解説しても何の感動もないが、イエスの言葉にはそれがある。  
あなたは今宵、私とともにパラダイスにいるであろう、、、、と。

イエスが語っていた人の子の時代が訪れようとしている。
イエスは歳差現象によるうお座時代に現れ、次の人の子の時代を予言した。
人の子の時代、それはみずがめ座時代を差す。

イエスが語ったことは2000年後の今、これからの時代のエッセンスでもあった。
私たちはこれまでの2000年にわたる信仰の時代を過ぎて、本当の意味での愛の時代を迎えようとしている。

キリスト教も他の宗教も、また経済の信仰も科学信仰も金銭信仰も、すべて信仰の時代は過ぎていく。
人は信仰によって生かされもしたが狭められもしてきた。
すべての絆を、縄目を解き放つのは愛以外にはない。
イエスはまさにその鏡を示した人であった。

久しく待ちにし主よとく来りて
御民の縄目を解き放ちたまえ
主よ主よ 御民を救わせたまえや

2008年  メリークリスマス 

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2008年12月19日 (金)

やぎ座プレミアムのご予約はショップへどうぞ

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目の前の三本の緑の木は、10年前に原宿の花屋さんで買ったもの。
手のひらに乗るような小ささだった。

桐の木も早く大きくなるらしく、昔は女の子が生まれると桐を庭に植えた
そして子供が嫁ぐ時、その桐でタンスをこしらえてもたせた桐やセンダンの木の成長は早い。
アカシアも早いらしい。

それにも増して、人も変わる時は早い。ここぞというときに早く変われる人は偉大だという。
君子豹変とはそのことで、大人虎変とも荘子には書いてある。

時代の移り変わりも早い。私たちも生き方の変化を求められている
ダメだと思ったら素早く変わる、、、これだと思ったら素早く対応する、、、

動くときには動く。変わる時には変わる。
女性の方がそれがうまくできる。男性は時代の移り変わりを呆然と見つめてしまう。

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ほったらかし大根

何もしない

ただ種を植えただけ

だから雑草だらけ、実もなかなか大きくならない

だけど食べてみると すごくおいしい

ほんとうにおいしい

葉っぱをきざみ、ショウガをきざみ、お醤油とお塩を入れてモミモミ、、、、

それをご飯に乗っけて食べると、それだけで体調がよくなってくる

何も手をかけない、かわいそうなほったらかし大根

なのに最高の大根になってくれる

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しぼり水

はじめヒルズには水道がなかった

絞り水は素晴らしい湧水とは言えないけど

沸かして飲めばけっこうおいしく飲める

いつも流れてくれているこの水は

命の安全弁にも見える

夏になれば沢ガニがやってくる

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2008年12月15日 (月)

ルール変更

水泳のバサラスタートだったと思うが、確か日本選手のお得意技だったが、これは制限された。
スポーツ界ではこうしたルール変更が日本には不利に働くことが多かった気がする。
以前も言ったが20世紀は日本対白人の国の戦いの100年、、、というのが私の歴史観。
なぜ日本がスポーツなどでもいつも叩かれるのか、その理由もそこにあると勝手に思っている。

世界のルール変更はことごとく日本に不利な形で働いてきた。
日本など大した力はないと思う人が多いかもしれないが、この百年は日本と世界の争いだったのだ。
日本にはあまりそうした意識はないと思うが。

世界は日本を嫌っているように見えるが、実は恐れている。
それだけ本質的なものがそこにあるからだろう。
放っておいては危険な国なのだと思う。

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小さな国が大国ロシアに勝ったのが日ロ戦争。
有色人種が白人に勝ったはじめての戦いだった。そして世界を相手に今度は大敗。
もう死んだと思われたのに、今度はスーツに着替えて世界を席巻。
そしてバブルでやられて後退。

と思った矢先に、今度は世界が崩壊。
日本も痛手を負うものの、財と借金のバランスシートがかろうじてプラスの唯一の先進国となり、その金目当てで世界は日本にすがろうと、むしり取ろうとしているのが、現状。
まさに七転び八起き、日本と世界の争いはまだ続いている。
そんなにすごい国だったのか、この日本は、、、とにわかに信じられないのは私も同じだが、実際そうなのだから仕方ない。

しかし世界はまたいろいろなことを考えてくるにきまっている。
ルールの変更がそのカギを握る。
おそらくルールを変えられた日本はまたいつかやられるのだと思う。

政治家は自身の保身のためにアメリカ追随でまた国民を裏切るのだろうが、どうせルールを変えられてやられるだろう。
本当に情けない話だが、もったいない話しでもある。
実は今ほどチャンスはないのだから。

日本が正しい国際ビジョンを示し、そのアイデアを実行し、日本がルールを少しでも提案できたら、日本はもちろん、世界の人々の幸福に大きく前進できる最高の機会があると思う。
こんなチャンスは二度とないかもしれない。

なのに麻生さんでは、、、と私も最初は思ったし、今でも思ってはいるけど、これも何か天の計らいかも、、、という淡い希望で考えると、ああいいうおかしな人だから、保身というよりも格好よく思われたいと思って、何か、意外な展開に一役買うようなこともあるのでは、、、、と変な期待をしてみようかとも思っている。

保身がうまければ今のようにはなってないはずで、意外な面もあるのかもしれない。
しかしそれにしても神頼みすぎると思うが、まあ、何かいずれ日本からよいものがきっと出てくると思うようにしよう。

水の技術、鳥インフルエンザの特効薬、環境の再構築、、、こうした人間が生きていくのに必要不可欠なものの多くが今後、日本から出てくると思う。
政治はダメでも世界は日本をきっと必要にしていくだろう。

せめて政治がそれを邪魔しないことだ。
鳥インフルエンザにしても、富山化学の特効薬が効くことはもう明白なはずだ。
今は富士フィルムに吸収された会社だが、タミフルなど問題にならない特効薬だ。

しかし、こうした開発もきっとなんだかんだ言って遅らされるのだと思う。
いやな予感がする。
本当に人類のためになるものをなぜか出させない力が世界には働いており、とくに日本に関してそれは強く働いている気がする。

この特効薬もそうなる可能性が高いが、本当に人、人感染がはじまったらそんなことも言っていられないだろうから、事実がわかってくる。
そうやって、日本のリーダーシップが自然に発揮されていくのだろう。
世界が絶対絶命になれば、良いものを使う以外にないのだから、自然と本来のリーダーのところに人は舞い戻ることになる。

金融も世界はきっとルールを大幅に変更して対処を考えるだろう。
その時、決まって一番損するのは日本になると思う。
数年以内にそれはきっと起こると思う。

突然のルール変更には気をつけたほうがいい。
とはいえ、結局は誠意とまじめな努力に裏付けされた円が世界の安心の砦になっていくと思う。
自分の都合でルール変更する権威を世界もいずれ信じられなくなるに違いない。

経済も金融も結局は信用の力に勝るものはないのだから。
その意味でずるい人の時代は白人だろうが日本人だろうがもう終わりは見えている。

麻生氏の良い意味でのお坊ちゃまのプライドが、困っている日本人と世界に味方するように働いてくれるといいのだが。
きっと無理だろうけど、意外性はあるのではないかと、このごろ思う場合がある。
いや、やっぱり無理だろうな。

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2008年12月 8日 (月)

円卓食事会

昨晩は赤坂にある海鮮料理屋さんで11人が丸いテーブスに座り、お食事のおもてなしを受けた。
手ぶらで伺い申し訳ない気持ちだが、楽しかったです。
UFOの話題が出たが、ほとんどの人が遭遇していた。

UFOを見たからと言ってなんだということもないが、私もかなりの回数、遭遇している。
暗闇の中に母船らしきものからUFOが飛び出したり、戻ってきたりする光景は面白かった。

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暗いので母船の形は見えないのだが、空中の一点の場所から、一機づつUFOが飛び出してきて、赤や緑、青色に点滅を変えながら、ジグザグに飛行する。

一機づつ飛び出していき、また一機づつ戻ってくる。
ジグザグに飛んだり、色が変わったりしているのだから、間違いなくUFOだと思う。
信州の蓼科山の方向だった。

一時に数百機のUFOを見たのは、玉置神社だった。
夜遅く着いたが、あたりは真っ暗闇。
車から降りると、数百のUFOが飛び交っていた。

遠いので形は見えないが、やはり色が点滅して変わり、ジグザグに飛行していたので間違いないと思う。
とにかく数百機である。
見あきて夜中の神社にお参りすると、今度は真っ暗な境内の中なのに、グリーンの蛍光色のような色が飛び交っている。

玉置神社の中には電灯もなく、まっくらなのに、目にはそれが見える。
右から左から、上から下から、斜めから、蛍光色のグリーンの光がドップラー現象のようにして飛び交う。

あれは何だったのだかわからないが、駐車場に戻ってみると、もうUFOはいなくなっていた。
あと、一回、忘れられないのは、東京のど真ん中で見たUFOだ。
もともと最初に見たのは東京の三田である。高校生の時だった。

その時はふたリで見たのだが、3機の編隊で昼間なので形がわかった。
あと、私は原宿駅前のアパートで数年暮らしたことがあるが、昼間は賑やかな駅周辺も、夜遅くなると一転して静かな場所が原宿なのだ。

駅のまん前のアパートで、窓は道に面していて、駅や向こうに広がる明治神宮の緑がよく見えた。
夜遅く、その緑の中から、小型UFOが垂直に上っていくのを見た。
神社でUFOがよく見られるのはなぜだろう。
昨晩もUFOで話が盛り上がったが、結構多くのヒトが見ているものだ。

UFOなんかよりももっと意識のつながりは強いものがあるはずだから、宇宙の何かの存在に心と意識を合わせることで、もしかしたらあちらのヒトと会話することも可能かも。
競馬でさえ、レースが見られない時に、買っていた馬券が当たったかはずれたか、大体わかるものである。
何か嬉しい感覚が来たときはやはりとれている。
やきもきしているときはまずはずれている。本当にこれはわかるものだ。

大昔に友人と一緒に車に乗っていて、ちょっと止めて、、、といきなり言われ、車を止めるとその人はいそいで公衆電話に駆け込んだ。

そして戻ってくるなり、やっぱりお母さん階段から落ちてけがしてるのよ、、、と言われてぞっとしたことがある。
ならば、宇宙のどこかに焦点をあてて問いかけたりすれば、きっとコミュニケートができるのではないだろうか、なんて思うだけで楽しくなる。

悪い宇宙人なんかとコンタクトしたらいやだが、良い宇宙人だったら楽しい。
大きな意識体に向かって心と意識を合わせることで、パソコンのネットサーフィンなんかよりずっと面白いコンタクトが得られるかもしれない。

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2008年12月 1日 (月)

軍産共同勢力対多国籍化勢力

インドのテロ事件は日本人も含む100人以上がなくなった。
チェックインがもう少し早いか遅いかしたら無事だったのだと思うと気の毒である。
イスラム系のテロ組織という見方だが、この事件の最奥には軍産共同体と多国籍化の争いがあるかもしれない。

いま世界に起きていることがこれだからである。
金融を崩壊に導いたのはおそらく多国籍化を目指す勢力だろうし、インドなどでの経済発展を阻害し、多国籍化にまったをかけたい勢力もあるのだと思う。
これでインドへの投資は少なからず抑えられることになるだろうから。

オバマも軍産勢力にとらえられたふしがあるし、金融崩壊で負けた軍産勢力の巻き返しが見られるのが現状だ。しかしこの争いはやはり歴史の流れからいっても多国籍化に軍配があがるのではないか。

もうドル一極で世界の経済は回せない。
これからテロを使ったゆさぶりがあるかもしれず、本当に物騒なことだ。
人間の幸福とは何だろう。体によい質素な食べ物を食し、時にお祝いなどでおいしいものを大食いする。

家はこれまた質素だが日当たりがよく自然の風が家の中を通る。
何も豪華マンションでなくてもかえって快適な家があると思う。
着るものも快適さと個性の楽しみを追及したとしてもそんなにお金がかかるものではない。

ブランドなどに目がいかなければお金はかからない。
この程度の経済設計は現代なら十分可能で、健康にもよく、幸福に近い生活態度だと思う。
車や高級マンションは余裕がある人だけが買えばいい。
要するにおカネを使う順番が大切なのだ。まず、最低限の生活を高度に維持する。

それだけで体にも負担がかからず、健康になる。
高級ブランドを買うために食費を切り詰める、、、的なことをするとどうしても体にも心にもひずみが生じる。
それが実は幸福から私たちを遠ざける。

もしも新婚夫婦が新たに生活を始めるとしたら、私なら、木造の安アパートだがどことなくきれいでホッとし、眺めもよく日当たりもよい。
木造で人気がない分家賃も安いし部屋も広い。
家賃を8万円で設定。地方なら4万円程度か。

次に食事は、決してぜいたくはしないが、いつも体によいよい水を使い、調味料や塩や砂糖は自然な化学物質がはいらないものをやや高めながら使用。
お米も野菜も中国産などは買わないのでやや高めだがここはけちらない。

その分外食を減らして対応。
部屋の窓際には40個ほどの小さな鉢を置き、野菜が毎日食べられる自家栽培。
こうすれば野菜畑に暮らしているようで楽しく緑も美しい。

卵などは自然なよいものなのでやや高いが、それでも月ふたリ分の食費で6万円あれば大丈夫だろう。
あと、交通費や衣服代、その他、光熱費、携帯料金、などで6万円。合計で20万円。
ふたリで働いたら十分にいける。かなりの貯金もできる。毎晩自炊なので体にもいい。
残業などしないで早く家に帰ったほうが本当はあらゆる意味で得なのではないかと思う。
新婚でなかよく時間をつぶし、休みにはふたリで釣りや野菜つくりなどをやれば家計もさらに助かる。
こうしたやり方はまあ人それぞれでもちろんいいのだが、なぜこうした生き方が安全かというと、お金を使う順番が正しいので、よい未来が開けやすい。

先に車を買う。高級マンションで暮らす、、となるとどうしても食事や貯金に回らなくなる。
その結果、残業もする、その分家にいる時間がなくなる、すれ違い、という現代のヒトをがんじがらめにしているシステムの中に入ってしまう。

借金を背負うことでさらにこうした生活が固定されてしまう。
まず、お金は、体を良好に維持するために使う。
次にある程度の貯蓄があれば、仕事を首になっても、仕事でどうしてもいやな生き方を強制されそうな時に逃げられる。

という自由が獲得できる。そのうえで余ったお金をあり余る欲求を満たすために使えばいい。
その順序が逆なのでおかしなことになる。
まず先にあり余る欲求を満たすためにおカネを使うと、ローンや借金で結局体も心もやられてしまう。

とくにこれからはおカネの使い方の順番が大切になるとおもう。
この順番が正しければ、社会の激変、突発事項にも対応がきく。
体と心が健康であることが本当にカギになっていくだろう。
おカネを使う順番を間違えていつもおカネに追われる生活にしなければ、きっと自分の道が見えてくると思う。   

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2008年11月10日 (月)

急速に進む不況

昨日の公演のリハなどで丸二日間まったく仕事ができなかった。
その間にhpのトラブルはあるし、対応はできないし、締切の催促だけは一日中あるということで、神経が参ったのだろうか、おとといの晩は眠りに就こうとすると、心臓が異様な早さで暴走を始める、、、体が急速にしぼんでいくような不安な感覚がある。

病気かと思って注意深く見ていたら、どうやら病気とは違うようだ。
なんだ、懐かしいパニック障害である。私は実はパニック障害のプロと勝手に思っていて、懐かしさすらある。
あまりに神経が擦り切れてくるとたまに起こるのだが、今回のはかなりしつこかった。
パニックだと思ったので、寝ながら全宅姿勢で様子を見守る、、、すると心と体を締め付けるような症状があらわれてきて、全身を揺するようだったから、意外と霊的なものも付いていたのかもしれない。

壊れたモーターのように、体がガタガタと震える。第一波が去ると大体の普通のパニック障害ならすぐに全快となるのだが、第二波、第三波と襲ってきて、結局明け方までやってきた。久々に出会う大型パニック障害に別の意味で興奮した。

しかし私はこうした対応の仕方を知っているし、とっくに克服した症状なので自由に観察ができるのだが、中年の男性がいきなりこうした症状に襲われたら、おそらく驚き、不安となり、どこにも出られなくなったり、眠れなくなるだろうと思った。
心と体の関係は不思議である。あんなにすごい症状を実際に起こせるのだ。

全宅姿勢とは、すべてを任し、十字架につけられた心と体の状態になり、完璧に受容することを意味する。
これができればあらゆる心の問題は実は解決するのだが、とくに劇的なのがパニック障害である。症状がすごいだけに、全宅で治るとは誰も信じまい。

しかしそうなるのである。運命も同じこと。追いかけてくる以上は何かがあり、逃げない限り、勝手に通り過ぎていく。
なのに人はそれに不安を感じ、ごまかしたり、なんとか逃げのびようとするので、運命はどこまでも追いかけてくる。
しかも大体増大した形で。来るものは拒まず、逃げる者は追わないのが、やはり生き方の王道なのだと思う。
それは人間に限ったことではなく、あらゆる症状も運命も同じ。

しかし時代は急変している。急速なこの不況の凄さは何としたものか。
車もすいている都会。物も急速に安くなっている。急激なデフレが一時的に起こっている。
それはそうだ、あらゆる資産が目減りし、金融の崩壊にともなう事後処理のため、現金がなくなっている。インフレから急激なデフレが現況で、金融の崩壊が終えたのちにまたとんでもない急激な大インフレが決まったようなもの。

銀行や証券をつぶさない世界戦略は国がその負債を肩代わりするわけだが、国にそんなお金はないのだからこれは刷って出す以外なし。そしてその後は急速な大インフレ。
出費した金銭に見合うものを保障するものは何もないのだからインフレ以外にない。
これですべての富が焼失することになるのだろう。
GMが10月は45パーセントの売り上げ減。
トヨタもアメリカでは25パーセント近くというようにありえない数字がだ列。

これはどういうことかというと、みなさん、もう誰もがかつてのアメリカや先進国のような生き方ができる余裕も資源的な余裕もありません。
ですので、一度ご破算にしてもらいまして、また生きることが、かつかつという程度の生活に下げさせてもらいます。
それがいやだという方は、国の警察力を強化し、不満を言う人を全員捕まえます、、、しかし表面的には多少の娯楽もありますし、おとなしく暮らしてくだされば、そしてそれなりに働いてくだされば、命だけは保障しましょう。
それでも働かない人々や働きがない地域のヒト、すなわち、なんら富を生みだせない人たちは、申し訳ないのですが、亡くなっていただきましょう、、、ということが世界的に進んでいるのではないか。

これから11月15日のヘッジファンドの解約期間を過ぎると、経済は緊急サミットの成果なでではまったくないにも関わらず、だんだんと上昇していき、中にはこれで金融危機が済んだ、、、。という風潮すらでてくるだろう。
しかし、ほんとのところでは前期した事態が進行していく。
ニュースやおかみのいうことなど信用していたら、生きていけない時代が訪れるかもしれない。
ただし、日本だけは唯一の例外になる可能性はあり、新しい時代のありようを、日本人は世界に示さなくてはならない立場にある。
日本が特別だというようなことではなく、かろうじて残った人、かろうじて救われた人の当然の責任として、そうしなくてはいけない。

ただ政治の貧困、官僚のあまりの存在で、日本がぽしゃる可能性ももちろんある。
その場合は、国民の団結力で助け合いで切り抜けるしかなくなる。
その場合でももちろん私は可能性があると思っている。
しかし日本人ももう昔と違ってかなりずるくなったし、計算高くなったので、緊急時に力が出ないかもしれないが、それでもまだやはりやさしく、良識があり、善意のヒトが多いのでどうにかなると思う。
ずるい人はこれから非常に生きづらくなっていくと思います。

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2008年10月20日 (月)

晩秋の気配

秋には待ちに待った時の到来の意味がある。何かを行ってきた人には実のなる時がある。待望の時、運命の時、審判の時、、、さしずめ金融とお金の世界には運命の時、または審判の時がきているのだろう。

三浦容疑者にとってはロスは運命の場所であり、運命の時となった。よいときもある。今年の秋で4回目となるものに私が始めた披講がある。時至って、10月28日きゅりあんホール、11月6日池袋芸術劇場大ホール、11月21日には初めての披講だけの公演と、お披露目の機会を与えられた。まさに石の上にも三年。三年迷わずに一生懸命になれば、何らかの手ごたえが得られる、、というものだろう。

逆に言うと、人は三年ぐらいは何を始めても、うまくいかないとか、もう駄目だとか、つまらないとか、こんなもんだとは思わなかったとか、、、そういう批判を下さない方がいいのかもしれない。それなりに真剣に始めたことなのだから、3年くらいの忍耐は必要なのだと思う。というよりこちらが扉を開けるのではなく、あちらが3年くらい一生懸命になってやっている人に、何らかの扉を開けてくれるというのが正しいと思う。ちょっとここで夕食になりましたのでまた続きを書かせていただきます。しばらくお待ちを。なを、写真はヒルズの晩秋の夕空です。

Akizora

ただ今、今夜もさんまを食べてきました。この秋は何回さんまを食べたことだろう。青魚はあきるがおなかがすいたときに食べると何回食べてもおいしい。鏡先生も毎日青魚を食べてると言った。確かにお元気そうでした。青魚ダイエットというか健康法の反響がぼちぼちきていて、体が軽くなった、、、目がよく見えるようになった、、という方が多く、それぞれ手ごたえを感じていらっしゃるようだ。

ありがたいことである。アメリカではもう多くのヒトたちがフィッシュオイルが体によいことを知っていて、21世紀はおそらく魚を食べることが食の中心的な位置を占めるかもしれない。これまでにも色々な健康法があったが、だんだんといろいろなことが確定的にわかってきている。これまでの栄養学は戦後のカロリー信仰から始まって、しょっちゅう定説が覆されてきた。体によいと思ってやってきたことがかえてよくない、、というまったく逆の結論となることも多かった。しかしここに来てだんだんと人間の理解が進んだのか、健康も心理についてもわかってきたのだ。青魚はそのうちのかなり重要なひとつの理解である。

わかってきたことと言えば、登校拒否なども、もうどうすればいいかの定説がかなり煮詰められている。絶対とは言えないが、登校拒否が起こった際にはこうした対処が正しい、、というかなり信頼できる定説ができている。簡単に言うと、まず、決して叱らない。無理やり行かせようとしない。こちらよりも本人が悩んでいるのかだら、無理やり行かせようとしたりしなければ、子供の方から話しをしてくる。

その時には、忙しいとか言わずに、会社を休んでも子供と向き合ってあげる、、、、学校に行かないときには、家族の一員としての役割、お茶碗を洗う係とか、食事係というような構成員の一人として何かをさせ、その行為に対して感謝をする。これでどうにかなっていく。数か月、数年はかかるかもしれないが、きっと動きが出てくる。急がば回れ、、、である。

そして凄いのは次の点だ。登校拒否は子供の問題ではなく、家族の問題がそうした形で表れてものだという理解に親たちがいたる。子供が変わるのではなく、親たちが上記の行いをすることで、成長し、自分たちの偏った価値感、病理を浮き彫りにし、その一つの現象として子供が登校拒否に至ったということがわかってくる。要するに、子供は家族の病理をそういう形で鮮やかに示し、それに気づき意識されることで家族が修復されていくその過程で子供の登校拒否も治っていく。

すべてを理解し克服した家族はみな成長する。その時、それが子供が家族にくれた大きなプレゼントであることを知る。これで全快である。このようにして登校拒否のドラマが終焉していくことは、もう定説であり、ある程度わかっている。時代の進行は人間理解にかなり至りつつある。ただし、それは一部の人だけという面はまだまだあるが、こういう流れは本当に素晴らしいものがある。

戦争も、金銭と権力に狂った一部の異常性格者が実は起こしていた側面に焦点が当てられている。だから今、この未曽有の金融危機、経済危機の前においても昔のように簡単には戦争を起こせない。来年あたりそれでも敗れかぶれの戦争をネオコン権力機構は始めるかもしれないが、それをやったらもうおしまいであろう。権威の交代はかえって早まることになる。まさにみずがめ座の時代は始まっている。

アイノウの時代。惜しむらくは霊的な世界の存在もアイノウになってほしい。少なくとも人間界に悲しみを作る幽界の存在を知れば、倫理感も世界観も人生観も人類は大きく変わると思う。霊的な弊害としての病理などにも大きな理解の前進があるのにと思う。まあ、時間の問題だろう。物理の世界ではもう意識と物との関係が立証されているのだから、いずれそうなる。簡単に言うと物は霊を求め、霊は物を求めるという関係だ。素粒子の理解できなかった動き方は、観察者の意識によっていたとは、あまりに痛快な現実であり、上記のことが原始の最小単位において行われていることを知ったのだから、いやでもいづれ世界観は変わる。

その際、意識、すなわち霊と物との密接な関係を知るにいたる。地球は丸いことがわかれば、本来なら万有引力が同時に理解できたはずだが、やや時間的なずれがあった。しかし素粒子と意識の関係を知れば、これも同様に多少の時間のずれはあるだろうが、物質的な世界観だけでは立ち行かなくなる。金儲けのために戦争をするなどというきわめて物質的な世界感は通用しなくなる。いろいろな時が至ったのである。

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2008年8月19日 (火)

真夏の思索ー幽界と神界

幽界と神界の違いを誤解する人が多い。
幽界とは色々な念を持って死んで行った人がつくった霊的世界といえばわかりやすいと思う。現代ではこの幽界の力がもの凄く強くなっている。
統合失調症も私は幽界を持ち出すとその構図がよくわかると思っている。幻聴や幻視があるのが統合失調症の特徴だが、これを脳の働きの異常と考えるよりも、幽界からのコンタクトととらえると大体の出来事は理解できる。
悲しい死、受け入れがたい思いを残して死んでいった人は地上に執着し、いつしか幽界を作る。小さな幽界なら作るのは意外に簡単で、50人程が集まって意識を憎しみや怒りに集中させ、適等なマントラなどを唱えさせれば、割と簡単に霊的現象を起こすことができる。
そこにいる人はまるで神が降りてきたかのように感じ、宗教などが育っていく。
しかし多くは疑わしい幽界とのコンタクトである場合が多い。幽界はそんなに不思議なことでもなく、道理がわかればなるほど、そうなっているのかと理解できる。
とは言え、実際に幻聴や幻視があらわれたら、やはり空恐ろしい気分になるのは当然だろう。まして、彼ら、幽界からのコンタクトは、自分と同じような目にあわせ、満たされない自分のウサを晴らそうというのだから、恐ろしいことは恐ろしい。

統合失調症の人の自殺は、結局、幽界からのメッセージにそそのかされ、意に反して行ってしまう。あまりに恐ろしいからでもあり、どうせ言ってもわかってもらえない孤独が背景にあるからだ。
能の病気ととらえているうちは、本当の病理は理解できない。彼らは本当に卑怯な手を使って地上人をそそのかす。大体、気がよく、やさしい人がこの世のスケープゴードにされるので、統合失調症にかかる人はこの世で都合よく扱われているにもかかわらず、そのことに抗議できない。要するに孤独である。
そこを彼らはついて現れる。コンタクトを始める。そして慰めたり、ウソでからかったり、時には協力者のように振舞う。目的はさんざんもてあそび、最終的に自分と同じように死んでもらうことが目的なのだ。そのためにとにかくしつこく絡む。一度道がついてしまうとそうなる。
彼らに狙われる人は、心理的にこの世で行き詰っているので、そそのかしに乗りやすい。そして弱いところを突いてくる。お前の家族を自動車事故で皆殺しにしてやるぞ、、、などと脅かし、次に裸になって町を走ればそうならないけど、、、とか言う。
人のよい人なら、それを実行してしまう。そして裸で走る人を見て彼らは笑う。あちらは霊的存在だから、数分先のことぐらいは見通すことがある。

日ごろから「見てご覧、あの人、もうすぐ道で転ぶよ」などといい、時には当ててみせる。そういうことがあるので、もともと現世を信じていない孤独な人はつい彼らの声を信じてしまう。そうやって操り、段々とその人を追い詰めていくわけだ。要するに、しつこいヤクザにつかまったのと同じことが霊的におきていることになる。
そう考えると、統合失調症は非常にわかりやすく理解できる。なので治す方法は霊との道をふさぐことだが、クスリで反応を鈍らせることも有効だが、それよりも、とにかく、何を言われても何を見せられても、決してとりあわず、相手にしないことに尽きる。一度彼らの世界と道ができてしまうとその道は一生残ることは残るのだが、無視を決め込めば、道に段々と雑草が生えてくるような感じで、幻聴が聞こえはするもののよく聞き取れにくい、雑音のように聞こえてくるなど、影響が少なくなっていく。
統合失調症で50代を超えると段々楽になってくることが多いのは、彼らのやり方が段々と理解でき、それだませれないように無視する態度を身につけることができるようになるからである。
私は医者ではないので、こうしたことはあくまで自分の感想としてしか言えないが、現代科学では霊的な存在は無視されるし、まして幽界など持ち出せば一生出世は望めなくなるのだから、こうしたことを誰も言わないし、いいにくいのだ。
 別に統合失調症に限らず、一般人も実は幽界の影響を強く受けている。悲しみ、苦しみ、マイナーなあらゆる感情は幽界からやってくると思えば間違いない。神界からくるものは、実はそうしたものと違って、ずっと慎み深い。
だから、ドタバタしてない分、わかりにくいとも言える。
しかしそのわかりにくい糸がわたしたちを天界とつなぐ糸なのだ。苦しさ、悲しさ、悲観などは、時には自殺まで起こすのだから、どうしてもバタバタして存在感が強い。
しかし神界からやってくるものは、デリケートで静かで見逃しやすい。臭いをかぐように理解したものは本物なのだ。
苦しさが苦しみでしかないものは幽界とつながり、苦しいが苦しむほど嬉しいというものは、実は神界とつながっている。開運はまずこうして起こる。
苦しいが、現実は何ひとつよくなっていないが、もう苦しくない、苦しいがどこか嬉しい、、、この感覚を忘れないことだ。そこから道が開ける。

きょうは日ごろの日記と多少異なる、真夏の思索として、幽界と神界について、統合失調症の例を出して語った。
果たしてちゃんと書き込めるかどうか。こうした文章はそれこそ幽界から邪魔される場合が多いので。

私は名指しであいつの言うことは聞くな、、、と言われることが多いと、統合失調症の方から伺ったことがある。

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2008年8月18日 (月)

真夏の思索ーこの世の勝利者

湖を見ながら考えたことは、現実的なこの世の勝利者はすでに決定していると思った。
よく世界を支配している陰謀論があるが、それが陰謀かどうかはわからないが、やはりこの世の支配者はいると思う。

経済活動を支配し、好況と不況を自由に操り、大勢の働きの代価を最終的に独り占めしていく支配者はいると思う。多くの支配される側と支配する一部の人々の構図。

これはある意味よくないことだが自然な面もある。というのも、この世の構造をわかりやすく考えると、まともな人を、図図しく強欲で冷たい人が牛耳り、最終的にすべてを奪って殺していく、、、というのがこれまでのこの世の本当の構造だったと思う。

私がこういうと、そんな、、、と思われる人も多いだろうが、これはあらゆる関係性の中でもっとも多いケースなのではないだろうか。悲惨ではあるが、家庭でもこうした力学が働く家庭があると思う。家の中で一番まともでやさしく、人間性の高い人が、最高の評価を得ているケースは本当は少ないのではないだろうか。むしろ反対に、もっとも自分勝手で冷たく、同情心のない者が家庭の権力を有し、まともな人を牛耳り、搾取し、エネルギーを奪って最後には殺してしまう、、、それが自殺であれ精神的な死であれ。

家庭ですらそうしたケースがあるのなら、まして会社やその他の場所では日常茶飯事でこうした構造が働いていると思う。良識があり、人がよく、善良で、思いやりがある人は、実は大変生き辛い社会だったのだ。ポルポト政権の大虐殺も悲惨だった。野獣のようなどうにもならない者が、教養があるというだけで相手を殺していく。支配者としては、全体の知性が劣化しているほうが支配しやすいので全体主義ではこうした傾向がどうしても起こる。中国の文化大革命でもこうした事態があったし、ベトナムでも、どこでも権力者が自己保存に走るとこうしたことが起こった。なんていうことはない、まともな人が牛耳られ、奪われ、殺されたというのが、これまでの歴史の根幹だったのだ。
ずるい人と良識がある人が出会えば、ずるい人が勝つに決まっている。悪意をもってだましで相手からすべてを奪おうという人と、相手のために何かしてあげたい、と思うような善良な人が一緒になったら悲劇は当然起こるのだ。

イエスがなぜ十字架に掛けられ殺されたか、、、まさにこの2000年の時代を正確に表している。ずるい卑怯な人間が権力に餓え、まともで善良で精神性の高い人を牛耳り、奪って殺してきたことを正しく象徴している。しかしそうした時代はいずれ終える。
なぜなら奪うものが完全勝利となったとき、もう奪うものがなくなるためだ。最後の方法としては、世界をポルポト的な構造にして恐怖支配する方法もあるが、それでは不老長寿は達成されなくなる。

今の支配者には知はなみはずれてあるだろうが、情はないので、神の知恵には到達しないと思う。知は神以上かもしれないが。

だから彼らが求める不老長寿は幻想と化すと思う。本当はバカにしか到達できない神の知恵があるのだ。頭のよい人はそこには到達できない。
しかし何であれ、ユングが言ったように、この世はやはり支配されていると思う。ジュセリーノ氏が温暖化に関して、自分を神以上の存在だと思っているこの世の支配者でさえ、この温暖化をわかってはいないのです、、、という。
ジュセリーノ氏は実はこの世の現実を理解しているのだろう。しかしこの世が強制収容所のようになり、われわれが奴隷のように生きるしかなくなったとしたら、、、。
ワーキングプア、希望の見えない働く人の層、子供も元気を失うなど、こうした危険が結構本気なのではないかと、真夏の夜に思ったのだった。

ではどうすればいいのかだが、一番いいのは、お金がなくても生きていける方法をみんなで編み出し、それを実践することに尽きる。実際昔はやっていたのだからできないはずはない。第一歩としては、お金を浪費にまわさず、不安のための貯蓄でもなく、未来にそなえてでもない、、、実は自分が自由でいられるためにお金を使う、、、からはじめるのがいいのだ。お金の使い方で一番大事なのはこれで、まず自分が自由な状態でいられるようになるためにお金を使う。
その前に、欲しいものを買ってしまうから、いつまでも現代人は自由になれない。自由に生きるためには貧しくてもいい、という決断があるとこれからの人生は開けると思う。
私も20代の元祖ワーキングプアの状態からある程度だが自由人になれたのだから、工夫次第できっと誰でも出来るはずだと思う。これからは金持ちか貧乏かよりも、自由な人か不自由かのほうがウエイトが高くなってくる。      

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2007年4月10日 (火)

オタク現象は日本の高度文化を支えている。

桜花賞も終わった・・・。

パドックの気配でダイワスカーレットの勝利は何となく伝わった。
反対にウオッカは前回パドックとの比較で気配が落ちていた。
馬が気負っているのがわかった。なのにテレビの解説では最高を連発していた。
本当にパドック解説ほどあてにならないものはない。

私は結構パドックの見方が当たるほうだ。
それにはやり方がある。

馬体を決して見てはいけないのだ。
馬の顔だけを見る。
そしてそこからくる印象を見抜くこと。

30年以上馬を見てきて言える私の結論でもある。
人でも同じ。
顔を見て判断しているでしょ、あれ、体調悪いの、、、自信ありそう、、、とかいうことを。
馬も同じなのだ。

走る直前の馬に対して、体のはりがどうのこうの言っても始まらない。
オリンピック選手だって、いまさら筋肉のつき方がどうだといったところで、わかるわけがない。
パドックの。見方も、本当はあまり見抜けない人が解説してきたやり方を、代々の解説者が踏襲してきただけなのではないだろうか。
馬も人も同じ、顔を見ればいま、その時の状態がわかる。

馬でもアスリートでも脚を見たところで、凄いきたえた脚をしていることしかわからない。
こうした専門家の低下はパドックだけではない。
株式のアナリストなどはさらにひどいもの。
自分が買わないのでわかるわけがない。

会社からにらまれない株を推薦するだけなのだから。
本当に現代は素人の時代だ。
素人の中にこそすごい人がいる。
オタク現象は日本の高度文化を今や支えている。

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2007年4月 4日 (水)

桜が咲くと雨が降る

えーん、この雨で桜も散ってしまうよ。
何で桜が咲くと雨が降るの? 
毎度のことだけどなんだか残念…。
しかしお百姓さんにとってはこの時期の雨は大事!

先日の41万馬券の反響が凄いです!!でもわずか100円のゲット。
最近のハズレ傾向を考えるとまったく儲かってない計算。
結局競馬はそんなには儲からないし、損だけはけっこう大きくなりますね。
物凄く儲かったときも実はあったけど、それはすっかりドロボーに金庫を開けられてとられてしまった。忘れもしない2005年の1月のこと。

それまで毎晩、私はニコニコしながら金庫の中の札束を数えていた。
そう、3連単大穴をズバリととった配当金。
しかし良いときはそう長く続かなかった。
すべては1月16日の晩に消えてしまった。

競馬でとったお金にはあまりよくない波動があるような気が。
以来、初心に戻って仕事しました。

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2006年2月24日 (金)

ミュンヘン

渋谷のハチ公前で待ち合わせし、ミュンヘンを見に行った。
ハチ公で待ち合わせなんて何年ぶりだよ。
寒いなか、ハチ公と一緒に震えていました。

hachikoumae

ミュンヘンはユダヤ人であるスティーヴン・スピルバーグの映画。
オリンピック村からつれ去られ、全員死亡した痛ましい事件に対し、イスラエルは犯人の報復に乗り出す。任務を与えられた主人公は愛国心からそれを遂行していくが、何人か殺していくなかで、だんだんとその行動の意味に悩みははじめる。
ついには自分の家族に危害が及ぶのでは・・・という事態にいたり、これはおかしい、こんなことをしていても平和は訪れない・・・的なことに気付いていく内容。
ついには主人公は国を捨てる決断をする。

一見、日本人にとっては大した内容に思えないかも知れぬが、スティーヴン・スピルバーグの側から考えるとこれは結構な重大メッセージである。
イスラエルが国家の枠組みを失えばあそこで生き残れないのだから、スピルバーグのメッセージは重大な内容なのだ。
しかし逆に考えると、あのメッセージが映画という形であれ許されたということは、今後の世界の方向に関した二つのひとつであるとも言える。

国家は国家という枠組みの重さに耐えられず、急速に沈んでいく可能性が、出てきているのである。東ドイツの統合やソ連の崩壊を単純に資本主義の勝利と思わないほうが良い。

ふたつは同根だからひとつがつぶれれば、論理的には両方つぶれる。タイム差があるにせよ。国家が沈みかけているのではないだろうか。となるとこの先にあるのはこれまた二つの方向なのだ。

ひとつは死にかけた共産主義だが、これがさらに物凄い形になって人間を完全支配する方向。こうなると人類はかなり悲惨なことになるが、その方法は北朝鮮やソ連で十分に実験済みですぐにでも使える。

そしてもうひとつの方向が、文化による新しい経済の枠組みづくりである。
これは私があくまで勝手に10年前から言ってきた内容。

文化的喜びはとどまるところを知らないので、文化的経済を起こしたら、実は無制限に人類は豊かになれる。ただそこに移行するには、自然の復活と人的投資が必要で、現在の官僚的力学の構造が残る状況では無理なのだ。答えはわかっているがそれを実行するためのスキルのない状態が世界のいまの姿である。

そこで上の人も悩んでいるのではないか。
そして両者は主導権争いを演じているのだと思う。

これまでの国家主義的方向か、または国境をゆるめ、立地する文化圏での文化経済の方向か。
残念なのはミュンヘンでは国家幻想を語りはしたが、その対局に家庭や日常の生活の喜び以外に、方向性が見えてこない点だ。

munich_01

スティーヴン・スピルバーグはまだ文化の隆盛による経済活動の偉大さを示していない。
文化では自分は稼げるが他の人では無理、とおもっていたりして。

それは実は誤解で、だれでも好きな文化があるだけで豊かに生きていく方法があると思う。

私の著作の「森と平野に分化定住する時代」に、そのノウハウが書かれている。
上の人、おねがいだから読んで、と言いたい。

森村あこ先生が提案した妖精星占いパーティがあったとして、どこかの美しい森で、鏡先生やあこ先生やエミール先生たちと食事したり歌を歌ったり、寸劇を企画したり出演したり、ステキな魔法をおしえてもらったりするパーティをやったとして、その参加費用が15000円だとしたら、誰もこないだろうか。
私はきてくれる人は結構いると思う。
文化の力が物の価値よりも逆転しているのに、国の存在のあらましは変わっていない。

早く若い人が色々な、文化で食べていける形をだすことが次の時代を、牢獄に変えずにすむ方法なのである。

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2006年2月16日 (木)

トリノオリンピック日本勢不調の理由 -後編-

あなたは周囲の男性、そして知るかぎりの男性を思い浮べて見て
そこに男らしさを感じる人が、いると思うか? 

これは占星術界の異才、というか一種の天才でもある
松村潔が昔言っていたが、私も本当にそうだと思った。

日本の男性は去勢されている。何によって去勢されたかは、母である。
さらに言えば、私は母親の復讐心にその根源があると思う。
男性への、夫への復讐心である。

日本の男は、男とはこうだ、というものを学ぶ機会がないまま育っている。
男の規範を見れないで育つ。
そして目先の都合ばかりを優先させる周囲の大人たちの中で、根がないまま育っていく。

何が女の復讐心かというと、男を求めても男が得られないところからくる復讐だが、みせかけの女、表面的に弱い女を演じることで、ちゃっかり自分を守る。
みせかけの男らしさとみせかけの女らしさはセットだから、男を変えるためには女が必要なのに、そこにはいかない。

要するにズルくなって自分を守った女が男を去勢したのだ。
だから日本で生き生きしている人間は、男にも親にも頼らずに自分の力で生きていこうとしている女だけかもしれない。

岡崎朋美選手を応援したかったのは、岡崎朋美選手にはそういう姿勢を感じたからだ。
男も本当は強い女しか愛せない。

強い女なら自分を守るよりも先に、本気で自分と関わってくれる。
それによって自分も男になれる。
しかしそうした女は少なく結婚する人も少なくなっていく。

少なくともおねだり女とだけは結婚したくないと思う、そういう男が増えているのは仕方ないことである。

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トリノオリンピック日本勢不調の理由 -前編-

岡崎朋美選手は4位か。まあ、善戦でしょう。

3位はあると個人的には思っていましたが、
直前のカゼが心配だった。
しかし実力は出したと思う。

若手の腑甲斐なさに比べてさすがです。

以前の日本病というか、心理面の弱さが若手には出ている気がする
以前の弱さの種類とは違うが、未熟さといってもいいかもしれない。
今井メロ選手の転倒2回は偶然ではない。
心を閉ざしていた。

スノボー以外に何もないのだ。
いざと言う時に自分を支える背景をもっていない。

これは日本の若者にいま、共通していると思う。

お笑いの若手の番組を見ても、
マニュアル化したような印象を受ける。

認めてもらうチャンスなのに自分が乗り切れていない。
夢中になってない。
どこか上がっている。

チャンスを前にして命懸けになれないのはなぜなのだろう。

一言で言うとハングリー精神が欠けている、となるのだろうがそれも違う気がする。

根が足りないのだ。

大人たちの都合で育てられてきた今の若者には、深いところにつながる根がないのは当然だろう。

日本病である。

まず、明治維新で自国の文化を否定し、さらに終戦で同じことをした日本人に根が育つ理由がない。

そこまでおおげさな問題でもないのでは、という考えもあるだろうが自分のルーツを否定するということは、実は大きな影響を与える。

私は今の日本人は弱くなっていると思う。

やさしい人にはなってると思うけど。
しかし強さのない文化ではいずれエネルギーを失う。

ここいらが本気で変え時だと思うけど。
要するに男が育っていないのだ。   -後編へ続く-

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2006年2月15日 (水)

表参道ヒルズへ。

初めて行ったが、まずどこにあるのかが目立たず
もうずっと以前からそこにあったような印象。

道にとけこんでいました。

omotesando

中は6階建ての螺旋(らせん)回廊で、真ん中が大きく吹き抜けになり、すべての階を見渡せます。

回廊の通路は狭まめと感じましたが、人が多かったせいかも知れませんね。どこも統一された機能的な作りです。機能美という感じはしませんが、シンプルで清潔感はかなりあります。

安藤忠雄氏の作ですが、さすが乙女座という印象。
たいへんすっきりして男性的な印象を私は感じました。

この元同潤会アパート跡は、立地的に表参道か、原宿か際どい場所にあります。距離的には表参道寄りですが、原宿と表参道の綱引きのポイント地点ともいえるでしょう。

ここで原宿が勝つと、ここら一体は原宿圏となりますし、表参道が勝てば、明治通りまで、表参道圏になる関ケ原ポイントなのです。

かつて表参道から原宿にかけて欅の木にイルミネーションをほどこしたことがありますが、その時は見物だけの若者ばかりを集めてしまいここら一体は原宿化しました。

そうなると物は売れない、本当の買物客は来なくなるとなって、表参道圏には不満が続出した経緯があります。
その頃、私も今のBS朝日がある場所に暮らしていたので、混雑のため車ではにいっさい動けない、たしかにひどい状況でした。

そして表参道勢力の反対により、イルミネーションは廃止。
以降、表参道は原宿化されることを恐れているのです。

その関ケ原にヒルズは位置し、ネーミングがもろに、表参道ヒルズということで、明快に主張をしているわけです。

この流れに沿って見てみると、安藤忠雄氏の建築の考えがよく見えてきます。

まず、小銭で遊べるものはありません。

休むスペースも多少はありますが、広場をあえて作らず、原宿的な若者がたむろすることを完璧に排除しようとしています。
イベント用のスペースももちろんなくて、これは危険防止の為ももちろんあるでしょうが、基本的に買物する人以外を寄せ付けない断固とした主張です。

これは乙女座にしかできない拒否感です。
安藤忠雄氏が表参道の意志に沿って作ったのがよくわかります。

omotesando_naka

しかしこれからの時代性を考えると、私は物足りなさを覚えます。
女性の感性があまり配慮されておらず、夢の部分が感じられない気がする。

自然、緑、香り、色、音、という五感に根ざした快さがないのは、今後の購買動機に私は不利に働くと感じました。



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2006年2月 9日 (木)

自分の人生をはじめる原点

今年は寒くて雪が多い。

雪は好きだけど山の家では足がなくなる。
完全な陸の孤島になってしまう。

そういう時に限って打ち合せが多いのだ。

おまけにパソコンが壊れていて、とりあえず代わりのもので対応しているが、アドレスが消滅している。いそいで修理に出すけどなおるのかしら。

せめてアドレスだけでも修復できれば・・・

雪に閉じこめられ、通信手段も絶えたとなると、仕事できないよ。
仕事はそこそこに、ということだろうか。

たしかに仕事は多くの人が思っているほど大切なことではないのだと思う。
じゃ何が大切か、ということになるが、意識の拡大だ。

意識が拡大していけば世の中の何もかわらないのに、それが地獄から天国に変わることがある。

私は行詰まったら息を止めてみる。

1分も止めるとかなり苦しい。
さらに20秒も止めると限界を感じる。

次の一息には、生きるものとしての喜びがある。

生きているのではなくて、生かされているのだ。
ということが一息でわかる時もある。

ここに自分の人生をはじめる原点がある。あとは運である。

あがく必要もないしジタバタするのも本当は面倒。
運がよければうまくいく。人は生かされているのだから、あまり自分に頼らなくてもいい。

自分を生かしているところの大きな力を信じ、結果をまかせる。
そう思ったほうが、何に関しても気楽に手が出せるようになる。

私もこれまでに色々とやってきたが、うまくいったものは、実力とかそういうものではなくて、ただ運がよかっただけなのだ。
これからもそうだと思う。

運に感謝すると運が来るような気もする。
また来ないからといって嘆くこともない。

自分でいうのも何だが、私の人生相談は好評らしい。

しかし私は人生相談の勉強をしたこともないし、哲学や心理学を学んだこともない。天が勝手に与えてくれたものなのだ。

努力はもちろん何事にも必要だろうが、それも楽しむ心がなければ決して身につかないだろう。

人は人や環境や状況を恐れる必要はない、ただ天のみを恐れ、あとは気楽にお任せして楽しみながら生きていくのが、本当の信仰なのである。

ああ、私もそうなりたいよ。

雪になるとヤキモキするようじゃまだダメか。

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2006年2月 6日 (月)

2006年は投資元年

先日、担当の石崎氏よりメールが来た。

グランド西洋占星術の館の新作メニュー
『2006年に”お金のにおい”がする男女になる星占い』が好評だという。
ありがたいことだ。

たしかにこれからは、なんらかの投資を考えなければおいてきぼりというか
貧乏確定という危険な時代に入った。

企業はリストラで利益体質に生まれ変わったが
そのしわよせが時給800円の仕事しかない状況や、正社員でもしのぎをけずらない限り上には昇れない、厳しい状況をつくっている。

国は財政赤字で国民の財産を守るどころの話ではない。
それどころか国のツケを国民の財産によって払ってもらうしかない状況だろう。

当たりまえだが国には頼れない。

わたしたちはもう昔のようには保護されていないのだ。

企業からも国からも。そこで投資が自分をまもる道としてこれまで以上に重要になってくる。
国民を犠牲にした形で企業は利益体質をつくった。
そこに投資することで、利益の還元をはかるのである。

2006年は一般の人の投資元年に当たると思う。

グランド西洋占星術の館
『2006年に”お金のにおい”がする男女になる星占い』では
投資運を見ていくが、私なりの今後の有利な投資方向についても語った。

私は国際的な南北格差を埋め合わせるには、資源の時代が来るしかないと考えている。

資源の時代が来るということは、通過の価値は落ちる傾向だということで、機械でつくれる商品はデフレかもしれぬが、機械でつくれない資源は石油をみてもすでに上昇しだしている。

ドルは基軸通過でなんとか奇策を用いればその価値を保全できるだろうが、これから10年ぐらいにわたって、円はどうなるのか。

優秀な日本企業はなんらかの生き残りをはかれるだろうが、ボテボテに膨れ上がって反省もない日本国の円はどこへ行ってしまうだろう。

わたしたちは自分を守る必要がある、と思う。

円をもつだけではあまりにこころもとない。

本当に価値ある企業や何かに、投資をする人と、なにもしない人の差がこれから出てくるだろう。

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2005年8月11日 (木)

いよいよ日本も変動の時代

とうとう自民党が割れそうな事態が進行中。
政治的なものは人それぞれの考えがあるので何も言えないが、いよいよ日本も変動の時代に入りそうです。

私は子供のときから変化が大好き。

水瓶座のキーワードのひとつに
「踏みならされた道を怖れる」があり
さもありなむという感じです。

獅子座にやってくる土星は水瓶座にとって、こうした変化の中で生じてくる、反動権力的なものや、お祭騒ぎ的な中身のない勢力に苦労させられる暗示でもある。

しかし日本はどう変化するのか、
あまりにそのビジョンが希薄だ。

私はそのことを心配して今から8年前に一冊の本を書いた。

森と平野に分化定住する時代、である。

お世話になっている出版社に出版を依頼したが、
どこも「愛先生、これは面白いけど売れませんよ」と体よくお断わられ。
では仕方ないと、私はこの本を出すために自ら出版社を立ち上げ、トーハンのコードもとった。

出版するからにはなんとしてもベストセラーを目指すとの妙な欲も出てきて、
配布初日から人を動員して本屋で買いまくり、ついに新宿紀国屋ではベスト4ぐらいの週間売り上げとなり、朝日新聞あたりから書評の質問も来た。

しかし電話口の私の売り込みムードを察知されてか、なんだか引いた感じで逃げられてしまった。

新聞公告も一丁前に行い、
「ノストラダムスが語る、別のものとは、このことだ・・・ 」
などと、今考えるとこれほど恥ずかしい話はないというぐらいのものだが、
道楽もここまでくるとまわりは迷惑である。

結局東京と大阪の書店で2000冊ぐらい買い占めたが、
三笠書房の社長がおっしゃる通り、この本は売れなかった。

しかしここからは自慢だが、この本が与えた影響はおおきかったらしく、、、
だったらなぜ売れない?の気持ちはあるけど。

北海道にグループ定住を決めた宗教団体の人や、ユネスコ関係の人は、真剣に読んでくれたらしい。
また最近では通産省がしきる新たな村づくりプランに大きな影響を与えてる、という話も聞いた。
でもそんな話、私のところには来てないよ。

ただ不思議なのは今でも一週間に2-3冊は売れ続けており、在庫はあと500冊しかなくなってしまった。

いったい誰が読んでくれてるのかしら。

しかし出版社などは作らないほうがいい。
本の在庫が外れ馬券に見えてくる。

そうだ9月になったら
大熊さん、関さん、関さんの奥様
そして、ベルシステムの石崎さん、ニフティの石崎さん
笹田さん、よかったら進悟君、金子さん、大井のツインクルに行こうね。

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2005年8月 8日 (月)

共振現象のなせる業

土曜日の晩は藍川由美先生のコンサートに行き、
その後短歌大会の打ち上げを上野公園内にある韻松亭で行なった。

藍川先生もコンサート後の忙しさの中で駆けつけてくれた。
ありがたいことである。

披講という、和歌を歌うことは不思議とはまる。

これは日本文化の根底にあるものだが、ほとんど評価されていないところがまたすごい。
本物というのは意外にそんなものなんだろうね。

しかし実際にやってみると
だいたいはまるんです。

メンバーのひとりのHさんは、
「愛先生、私はつらい気分のときに披講をはじめたけど、本当にこれで救われた…」
といってくれた。

私も心の広がりを感じるし、すばらしいのだが、本当は恐い面もある。

披講をしていると時折、色々な霊的なものが覗きにくるのを感じる。
そのため、すばらしく体調がよくなることもあるし、反対のこともある。

考えてみればこれは仕方のないことでもある。
披講には場を清める力があるが、それを頼って色々なものが寄ってくる。
すばらしいものもあるが、疲れさせるものもある。

日本文化の根底にありながらその実演の機会があまりに少なかったのだから、
待ちわびている霊的なものがたくさんいるのだ。
そうした世界とも披講はコンタクトする手や腕をもっている。

今度の出番は三田の元神明様の1000年祭の奉納披講だ。

9月11日午後に奉納するので、
1000年の間の何ものかとの共振が起こることを期待し、8月は練習に励むのである。

理由のわからぬ披講の喜びは、こうした共振現象のなせる業なのである。
もちろん披講に限らず、それが歌の力なのだが、
披講にはそうした歌の純なスタイルが無駄なくそこにおさめられており、
日本の文化のあらゆるものに大きな影響を与えるべく存在していると、勝手に思っているのだ。

勝手に思っているところが、楽しいのである。

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2005年8月 3日 (水)

はっきり言って画期的な占いです。

きょうは打ち合せで一日終了。
これから出版社の人と女性小説家と、飲みにいきます。

上野の精養軒の写真をあとでおくりますね。

今日の打ち合せは非常に疲れたが、実はあった。

関さん、大熊さん、お疲れ様。

いま、私にとっては結構大切な仕事が進行中で、近いうちに成果をお目にかけることができます。

占い企画ですが、占星術の面白さを具体的に占法を解説しながらすすめる、まったく新しいやり方です。

どのコンテンツをみても現在は
やり方が同じで、これではダメだと思い
新しいやり方で、しかも説得力があって、面白いし、しかもよく当たる占いが求められていた。

そのために私は、きわめて高度な星占いの占法を実際に見せ、それを解説しながらすすめる、まったく新しい方法でのコンテンツ群を作成した。

はっきり言って画期的な占いです。

占うことで、まず占星術のロジックがわかるし、納得がいくはず。
ただ結果だけが出てくる内容とは完全に異なります。

私はこれまでに自分の占いやコンテンツを自分で宣伝したことは一度もないけど、今回が初めて。
これはやってみる価値ありだと思う。

いま出ているほとんどの占いコンテンツ群は
そのほとんどがこれまでに私が開発したやりかたの真似や類似なのだが、
自分で広めてその限界に自分自身があきてしまっていた。

もっと面白く、内容があり、本当に自分を知ることができるものは、と考えた結果が今回の占いコンテンツだ。

まだ詰めの段階で色々あると思うけど、
完成しましたら、みなさま、ぜひのぞいてみてください。

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2005年7月31日 (日)

今度は震度4ぐらいが来ると・・・。

ベルシステム石崎氏から「最近の関東地方の強い地震」のコメントが欲しいといわれたのでお話します。

今回(東京、足立震度5強)の地震は都心では13年ぶりの規模。

私の家は山が崩れやすくとても心配なのだが、今度の地震に関してはありがたい影響にでました。

大工さんはとても上手に作ってくれたのですが、何しろ山が崩れやすくて土地が不安定。

4~5年前の豪雨で家が多少傾き、障子の戸などが上と下とで差ができる。
ピタっと締めても上のほうが1センチぐらい開いてる感じがしていた。

ところが今回の地震で、今度は反対側の地面が陥没してくれたのだろう。
それもかなりよい具合で、障子の戸は約3ミリぐらいになり
7ミリ分が元に戻ってくれたのだ。

これであと一回、今度は震度4ぐらいが来るとピタっといきそう。

下手に修理しないでよかった。
なんでも慌てちゃダメだね.!!

yamayuri

←≪やまゆり≫ の写真

このあいだ関東を直撃した時の
台風にも倒れませんでした。

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2005年7月30日 (土)

男が出てきてマドモアゼル愛

D出版の佐藤さん、御友さん、ご連絡ありがとう。
心配不要です。
いつもブログを見ていてくれてありがとうございます。

関係ある人からは
本当によく見ているといわれ大変有り難いのですが、
もしかして見ているのは、ほとんどが身内だったりして!?

結構アクセス数もあるようなので、まあそんなことはないと思うけど。

私のHPの日記も関係者者がよく読んでくれていました。
本音で書いてるのがきっと面白いのでしょうね。

それって水瓶座的なやりかただよね。

しかし・・・。
プロなら本当はあまり舞台裏を見せるのはタブー。

芸能人なんかもたてまえだけ言った方が無難で、
その方が売れるものなんです。

そしてマスコミのおかげで
マドモアゼル愛の名前を知っている人は全国で2000万人以上いるとか。

知名度ではニッポン放送のテレフォン人生相談の影響もあると思う。

あれって一回の放送を全国版であわせると300万人の人が聞くらしい。
もう8年間毎週やってるのだからある程度は知ってる人も増えるだろうね。

男が出てきて”マドモアゼル愛”なんて
妙な名前を言うのだから、インパクト強いだろう。

まあ、何人知ってるかなんてリサーチ商売ではないので関係ないのだが
ただ人生相談はいつまでやらしてもらえるかわからないけど
この仕事は自分には合っている気がする。

人の悩みを私はまるで自分のことのようにとらえてしまう性格がある。
他人事に思えないというより、私は真剣に悩む人が好きなのだ。

私自身が若い時にそうだった。
だから真剣に悩むことの価値を知っている。
そのため悩む人を見ると
”君は本当は幸せのレールに乗ったんだぞ”とそう思い、何としても後を押したくなるのだ。

私自身は若い時代にあまりに悩みすぎ、ある日気がつくと、悩むことにあきてしまっていた。
悩むことにも人は飽きるものなのだ。

ちなみに、
私の占いにアクセスしてくれた人は無料などの占いも含めて
これまでに延べ6000万人!!
ありがとうございます。

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2005年7月28日 (木)

私は今、恋している気分

しかし仕事に追われてるな。

田野さん、原稿ごめんなさい。
大熊さん、関さん、酒井様、途中で会議を抜け出してごめんなさい。
みどりさん、岡田さん、慌ただしくしてごめんなさい。

ところでイヤな予感、今夜のスポルトの原稿は送ってたっけ・・・。
と、今更もう間ににあわないので仕方ないけど。

その日の番組の情報をその日に送る綱渡りだからな。

あと大きな締切が今月末には待っているし。

短歌大会のお礼もまだだよ。
結局、寝る時間がなくなっていく。

しかし私は今、恋している気分。
音楽や絵画や小説でも、それにはまると恋しているのと同じになるでしょ。

そんな感じで、披講に恋してる。久々の恋心だよ。

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2005年7月15日 (金)

エミール先生や鏡氏もいるかと思ったけれど

20050715001取材が終え、今度は占い関連の打ち合せ。
エミール先生や鏡氏もいるかと思ったけれど、誰もいなかった。

色々な企画の打ち合せをしました。
こうした企画を工夫して皆で一緒に成功へ向かう事が実は好きです。

仕事の成功は、競馬で超万馬券を取るよりやはり嬉しいです。

その昔、もう15年以上も前のことだけど、その時の大成功は嬉しかった。

日頃食べてなかった肉もあの時だけはたべたっけ。仕事が大成功し て、皆で祝杯!!
またやりたいものです。

お酒は弱いけど
そのうち仕事が大成功したら
ワインがいいかしら?それともチューハイかな?

でもチューハイではなんだかわびしいし
チューハイは有馬記念ゲットの乾杯の時にしましょう。

と、すると・・・。ここはシャンパン以外ないでしょう!!。

20050715002

ただ…。ちょっと気になる事が…。

写真で見る今日打ち合せした関係者の雰囲気は
何かシャンパンはチョット似合わないものを感じません?

まあ、ビールでもいいか?!

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さすが獅子座

minamisan 情報誌の取材。

例によって、美女との対談あり、獅子座のみなみさんが相手でした。
みなみさんとても個性的で楽しかったです。

しかしさすがに獅子座。ポーズの自然さは見事ですね。

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2005年7月14日 (木)

大石さん、ランがまた咲いたよ!

わずか二ヵ月でまた咲いてくれたラン。

05071302

こちらも花が大きくなっている。

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2005年7月12日 (火)

土星 in 獅子座

いやだ、恐いよ。
もうすぐ土星が獅子座に来るよ。

私にとっては正反対。水瓶座の人は覚悟してください。

正反対の土星の運行は約2年~3年影響し、人生の大試練期となります。

前回来たのは私の青春時代。

失恋してノイローゼ状態となり
これまでのすべてを捨てて
孤独の中で新しい生き方を模索しながら
のたうち回るように生きていた・・・。

あの3年と同じ星の運行だよ。

正確には17日から土星は獅子座へ。

本当は16日の限りなく17日に近い時刻なので、ほとんど17日から獅子座です。

これから3年間、また苦労するんだろうな。

予兆はすでに正月からあり、私をはじめ、全水瓶座の人よ、苦労に耐える覚悟が必要だよ。

この件についてはこれから何度も語りますので、
とくに水瓶座の人は耳を傾けてください。

きっと損はしません。

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2005年7月11日 (月)

流行小説家よりも断然早いスピード

今日はプライベートが忙しくて
まったく仕事は進んでいない。

しかしなぜこんなに忙しいのだろう。

じっくりとひとつのことを
あれこれ余裕をもって考えながら何かをやった、というのが私にはない。

貧しい話である。

忙しそうにしているのを、
内心で喜んでいる人も結構多いものだが、私は本当に忙しいのは嫌いだ。

25歳の時から後を振り返ることなく来ている。
いつになっても忙しい。

この年齢で日々の睡眠時間が平均で3時間という生活を
続けられること自体が不思議。

過労死の一般レベルを越えたのは、とうの昔。
年3000時間の仕事を3年以上続けると
確か過労死確実というような話があった。

私は約4000時間の仕事をもう20年以上続けている。

異常事態だ。

特に今年は例年に無い忙しさである。

本当はゆっくりと手応えをもってやる仕事のほうが
のびるのは確実なのだが、どうしてもそうならない。

色々なことをやりすぎてしまうためなのだ。

趣味と仕事の境目がないため、そうなってしまう。

要するに本当は頭がよくないのだと思う。

ただ仕事事態のスピードは早い。
たとえば原稿をどのくらいの速さで書くのか、ということになると、
これはほとんど字を書く物理的な限界と同じ。

具体的に言うと、1時間に400時詰め原稿で8枚。3200字はいける。
さらに一時間の限定で書けば、10枚近く書いたことがある。

これは流行小説家よりも断然早いスピードのはず。

10枚書くためには、字が小さくなければ無理。
字を小さくしたほうが、物理的に早く書けるのだ。

しかしあまり早く書くと、どうしても殺伐とした顔つきになる。

isogashiidesu

ああ、ゆっくりと、美しい文章で
ものすごくロマンチックで、ものすごくいやらしい
そんな物語を書いてみたい。

小学生の時にチラリと読んだ
”雪の記憶”という小説が私にとってのそういうイメージ。

誰の小説なんだろう。

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2005年7月 7日 (木)

にらめっこ

今日は日本青年館で
日本武道に深い関心がある各国大使の講演があり
これから行くところ。

武道なんか私は全くわからないけど
不思議と昔から武道家と縁がある。

剣道では日本でおそらくただひとりの
10段を有するおじいさんと不思議な縁で知り合い
私の家に来たいというのでいらしてもらった。

90をとっくに過ぎているお爺だが
さすがに目付きは鋭く、こちらの目をじっと見つめて話す。

なんだか目をそらしては悪いような気がして
こちらもじっと見つめる

まるでにらめっこ状態がつづいたが、この時は本当に疲れた。

だいたい、お爺は老眼鏡をしてるので目が大きく見える分
こっちは断然不利なのだ。

剣道はひょっとしたら目で戦うのではないかと思ったよ。

おじいさんは私の家が気に入ったらしく、
しきりに「ここは仙境だ!」といい
「武蔵の終焉の地のようなところだ」とご機嫌だった。

私はにらめっこでぶっ倒れそうだったので
そんな事はどうでもよく
「そうですか、山のなかですから…」と言うのが精一杯。

不思議な縁ではあった。

以後、どこかの割烹料理屋で
お爺の書画をみつけたことはあるが会ってはない。

お元気でいられるだろうか。
今ならにらめっこをしたら、相手はかなりの年齢だろうから、勝てるだろうか。

いや、老眼鏡がさらに強度になってるだろうから、無理だろう。

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帝国ホテル

teikoku_hotel

帝国ホテルでの打ち合わせが最近多い。
地方から来る人にはロケーションが便利なんです。

写真は地下にある靴磨きやさん。

偶然かもしれないが
私はここで超VIPを何度もみかけてます。

”靴磨き会談”なんかがあるのかしら(笑)

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2005年7月 6日 (水)

明日は七夕、星の祭り

明日は七夕。
星祭りです。

京都の冷泉家(れいぜいけ)では
乞巧奠(きっこうてん)という星の祭りを続けていますが
これは習い事の上達を願うのが目的です。

習い事と言うと、
「なんだ、たいしたお祭りではないのか」
という気になるかもしれないけど、実は反対。

習いごとは文化ということで
政治や宗教よりも上位におかれた歴史があるのです。

それは今後にも言えることで
やがて私たちの時代は、
【原理と原理】【原理と宗教】【宗教と宗教】とが最終的にぶつかる時代を迎えるでしょう。

そして人々は自分が信じる神によって戦うのですが、
共に傷つき倒れた時、再び神の名によって私達が立ち直る事ができるでしょうか。

それは無理な話です。

しかし傷ついた人々の耳に
こども時代に聞いていた、あの祭りの太鼓の音、人々の踊りのざわめき
なつかしいうたや調べが届いたとき、人は再びたちあがることができるはず。

それが文化の力なのです。

これからの本質はまさにここにあります。
地球は文化による復活をのぞんでいる
そういう時代に入るのは間違いのないこと。

七夕の意義は大きいです。

しかし、冷泉家に以前私は取材の御供で行ったことがあるけど
まあ、敷居の高いところでした。

取り持ちの中間に私がたったのだけど
冷泉家は私の事は知りませんでしたし
直接取材には関係がなかったためか
「あなたはなんです」と聞かれて
「出版社を紹介した者ですので、同行しました」というと
「それはご苦労なことで」と冷たく突き放されて
よもや土間で待ってろと言われるのでないかと心配になった事があります。

まあ、伝統の家なのでさすがですよね。
しかし、話はやはりとても面白かったです。

どういう家なのかを大変上手に説明されて
なるほど、と思いました。

家訓も当然残されていて
とくに大切な家訓のひとつに”門松を立てるな”というのがあり
たしかに実践されているようです。

それは嫉みを買わないようにとの配慮が
家訓になっているわけです。

私も言ってみたいな!
「あなたなんですか」と
締め切り原稿を催促された時に…。

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2005年7月 4日 (月)

ポーの一族を思い出す

ポーの一族はバンパネラの一族の名で、メリーベルという可愛い妹がいます。
吸血鬼ですから何百年も生き続け、そのことがばれないよう、年代ごとに旅をして過ごします。

物語の始まりがちょうど
今日のような霧だったと思います。
(山の霧は、とても幻想的ですね)

200507042000

吸血鬼物語が広く受け入れやすいのは、
誰のなかにも何かに依存して生きていきたいという願望があり、
しかしそうなると人は変化を恐れて成長できない・・・
というアナロジーと
関係しているような気がする。

こどもは親に依存して一見楽なように見えて
自分に力がないから
何にでもすぐにおびやかされてしまう。

もっとも人間にとって得な生き方は
実は自分が成長していることで
その手応えが人間の精神を健全に保つカギとなっている。

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山の霧は幻想的です。
ちゃんと写っているかな?

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今、あなたの一番近くにある恋の可能性

「ある日、突然理想の異性が目の前に現れて二人は恋に落ちていく・・・」
こんな恋愛、誰もが一度は憧れますよね!?
でも、実は自分の身近なところに素敵な恋が眠っていたということが往々にしてあるのです。
あなたの恋の可能性、今どこにありますか?

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よく降ります。

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雨不足だったので恵みの雨になったでしょうか。
この季節の雨に当たった緑が私は好きで、芝生も見違えるようにあおくなります。

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あなたの運命の恋は?
運命は、あなたをどんな人と引き合わせてくれるのでしょうか?

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2005年6月30日 (木)

歴史的な激変

今日で年の半分が
おしまい。

簡単なお払いをして家族の人型を作って川に流してきた。

流れて行く紙の人型が
とても可愛く見えた。

しかし、それにしても波乱にとんだ半年でした。

昨年、私は2005年の前半に

”歴史的な激変が日本をおそう”


と一部で語りましたら、
現実は自分自身がそうなってしまった。

これはよくある現象で、
自分に起こる事を予測できないと
それは外部に投影される。

人のことをバカという人は
きっと自分がバカであり、
ひとのことをケチという人は
自分がケチ。

これは本当によくあるパターンです。

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2005年ホロスコープ細密診断
あなたの誕生時と2005年のホロスコープを比較することにより表れる
深遠なる世界をぜひ味わってみてください

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2005年5月30日 (月)

ダービーが終わるといつも雨

オークスが終わりダービーが終わると
毎年雨が降ってくる。

苺も雨に打たれています。

しばらく投稿できなかった。
また開始するのでよろしくお願いします。
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2005年5月18日 (水)

打ち合わせ日

今日は打ち合わせ日で酒井氏、ベルの大熊氏と対談。

酒井氏は出版社の社長で最近はネット方面での大手制作会社でもある。
もう30年近くのお付き合いになる。

くせの強い私と長年付き合えるのだから、それだけでも大変な人である。

今日の打ち合わせの仕事の中心はベルシステム24だが、発展することを心から祈る。
大熊さん、関さん、すばらしい企画ですね。

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2005年4月12日 (火)

ニッポン放送スタジオスナップ

今日は加藤諦三先生とご一緒でした。加藤先生さすがに名回答でしたよ。
スタジオスナップ

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