2009年4月10日 (金)

女楽のご案内

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明日、10日の午後6時半から、紀尾井町小ホールにて女楽という公演があります。その一部に私も登場し、和歌の披講をやります。

歌うのは二首。ひとつは君が代。もうひとつは日本最古の和歌といわれる、八雲立つ、というスサノオの和歌。
君が代は一回。八雲立つは節を変えて3回披講します。

私は発声という役で、最初の一章節を一人で歌い出します。そのあと、講頌という役の人が発声のあとを受けて歌いだします。発声も講頌と共に歌います。

君が代、スサノオ、、、というと、何もしらないで単に拒否反応を示す人が大勢います。君が代自体は古くからの歌で、私はそれを歌う人、そして聞く人に、無条件に幸運をもたらす力があると思っている。

和歌には呪力があり、その配列に沿う歌には、とくに強い呪力がある。

私自身、カラカラに乾いた春の松林で火事を起こしたことがあった。そのときふっとおもいついたのが、火難よけの歌であったが、とっさに迫りくる火に向かって一心に歌ったところ、松林の火事は私の敷地内で止まり、延焼を奇跡的に免れたことがある。

それは和歌の力であることを私は個人的に信じている。

というのも、その同じ歌で、その歌を密かに守ってきたという御当主は、大火の際に屋根に上り、江戸時代に二回も大火を止めたことがあるという。

時がたって平成の御世で、そのことを私自身が体験したのである。
和歌の形式に宿る言の力は尋常ではない。

今での宮中歌会始めは皇室行事の重要な柱の一つであるが、それは年の始めに天皇が歌を歌い、新たな年に力と活気を与えることが目標なのである。

日本は和歌によって昔は政治も政策も行われていたと言ってもよいだろう。

そして君が代は、あなた様が永遠にめでたく存続するようにとの願い歌に他ならない。そしてあなたが右であろうが左であろうが、そんなことは関係なく、その言葉を歌うことにより、和歌の呪力は発揮されるのである。

心をこめて君が代を歌うことで大きな幸運が宿るというのは、そのためなのだ。

君が代に反対するのもいいが、歌わなくては損だよ、、という気持ちである。

なので、明日は心をこめて君が代を歌い、その次は八雲立つという、日本最古の和歌を歌う。こちらも当然意味深いものがある。人間の営みが守られて幸福に続くようにとの、パラダイスを招く呪力がそこに込められている。

太陽黒点が消滅したことは昨日述べたが、太陽は太陽系に入ってくる有害な粒子を防御している。太陽は太陽系を物理的に守ってもいる。そしてさらに地球は両極に地場をもつことで有害な宇宙線をアースして無害化し、地球を方時も忘れずに守っている。

人間の営みはこうした構造によって守られている。

ただしこれらは物理的な防衛であり、もうひとつ、霊的な防衛という観点もある。

人間が幸運に無事に過ごせるには、それを邪魔する邪悪な霊的な力から守られる必要があると昔の人は考えた。日本最古の和歌にはまさにそのことが語られている。

苦労して放浪した末にヤマタノオロチを退治して立派な神となったスサノオは、出雲の国を気にいり、そこで結婚して家庭を守るために、日本で最初の和歌を作ったのだ。

八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を、、、という歌だが、その意味は雲が幾重にも湧きたつ清められた国で、自分は愛妻を得て、妻が安心して暮らせるように、幾重にも守りに守る、、、という歌。

この歌があるので、家庭がうまく守られ、続いていく、、その願いをスサノオは歌に込めて呪力とした。

呪力は歌われるうちは永遠に続くので、今でも効果はあるに決まっている。

結婚して、普通に、安心して、継続して暮らしたい人は、この歌を歌わなくては損だ。聞かなくては損だ。

スサノオはじめ、昔の日本人の願いには、ただ何となく、、、というようなあいまいさはない。具体的で、実際に力になるものを本当は残したのである。
ただ多くのヒトがそのことに気づかず、まして利用しようとしてないだけ。

実際に歌うことで呪力としての効果が出るこうした文化を日本人は和歌の中に閉じ込めてきたのである。

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2009年3月31日 (火)

多忙な春

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何度も消える日記。長く書くとその可能性が高くなる。

なぜかというと、構造的にエンターキーを不要に一回でも押すとすべての文字が消えてしまう。そんなブログがあるのか、、、と私は管理会社に言いたいのだが、なぜ、その程度のことが防げないのか不思議。
というわけでもう何回消えてしまっただろう。

今回消えた分で書いた内容は、だいたい下記のもの。


出張が多くて疲れたこと。

昨晩は石川県から戻った。天皇陛下御即位二十周年記念式典での御製の披講のため石川県に行っていた。

森元総理はじめ石川県の名士のほとんどが出席する大きな会だったが、出演者の紹介がなぜか文字数も多く、マドモアゼル・愛とも出ていたのでびっくり。
妙な名前に名士の方が驚いたか。

しかし披講は喜んでもらえたようでよかったです。
歌が入ることで形だけではない会の思いのようなものが伝わると思った。

夜はカラオケでのご接待を受け、私は古い歌ばかり歌わせてもらった。氷雨、サーカスの歌、吉田松蔭など。


次に書いたことは、次回の披講の出番は4月10日の紀尾井町小ホールでの、女楽という公演で、君が代と八雲立つの二首を披講するという内容。

君が代は和歌であり、どんなに君が代が嫌いという人でも、それを歌うことで、幸福になってしまうという言霊の力がある歌、、、ということを語った。何も天皇に向けられたものではなく昔はお世話になった人への幸運を祈る歌として歌われたことなど。

だから嫌いでもいいので、歌うほうが得だ、、というようなことを書いた。
歌っても聞いても幸福をもたらす力があるので。


次は一転してテポドンのことなどを語った。またエンターキーを不要に押しそうな感じなので、いったんここまでにしておきます。

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2009年2月24日 (火)

ノーベル賞につづきアカデミー賞も

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次の時代に大きく存在感を持つものは、日本文化であることは以前から語ってきたが、今回のアカデミーも二部門受賞。
まだまだこれからである。

世界は日本がアメリカにさんざん利用され、国民の富が奪われ、その結果貧しかったことをよく知っている。
本当の敵を見抜けず、それでもなを人の良さを振りまく日本人に一種の驚きを通り越した、凄いものを感じ始めている。
しばらくはまだまだ日本も大変だと思うが、庶民一般の生活はかえって楽しくなっていく可能性も高い。

もう馬鹿みたいな残業もなくなるのだから。

前から、あまり仕事など何かを犠牲にしてまでする必要がないと私は言ってきたが、現状を見れば、何となくその意味がわかってもらえるのではないだろうか。
一流企業にいたとしても、先はどうなるかわかならいし、もちろん普通の企業でも同様、まして、派遣社員だとしたら、知っての通りである。
これまでの馬鹿みたいな仕事のやり方は通用しなくなる。無理をして時間を割き、私生活を犠牲にさせて、、、というやり方は、売れる先があってこそのやり方で、ベルトコンベアーの回転速度を上げれば上げるほど企業が儲かるという、幼稚な発想でしかなかった。

私はビジネスは好きな方だが、どうしても効率優先一辺倒の企業体質が嫌いだった。
そういう価値感では本当には守れない、、、という思いで見つめてきた。社員に無理を強制し、一円、一銭までけちったあげくに、企業が解体するような騒ぎとは、恥ずかしい話である。

復活するのは文化である。日本文化の深さ、繊細さ、大胆さ、、、それらを再び日本人はアイデンティティとして着地していくのではないか。
レオだナルドダヴィンチの絵画は確かに素晴らしい、、、しかし、それと葛飾北斎を比べて、はたしてどちらが上かは、誰にもわからないのではないか。

まず、どちらが上という判断自体がおかしいとは思うが、これまで百年にわたって、レオナルドは世界のレオナルドだったという意味ではやはり常識的に上位に置かれていたのだ。事実として。
光琳など日本画のあでやかさ、華やかさは、印象派の絵画を完全に凌駕しているように少なくとも私には見える。
私は音楽、とくに日本の古典の音の文化、倍音を伴う、高周波の音、のど声の安定感による謡いや調べ、発声は、ベルカントに劣らないものがあると思うし、日本の若者がレゲエやソウル、ロックを歌うときに、誤解を恐れずに言えば、やはり日本人にはあまりあわないな、、、という思いをよく感じてしまう。

創造性ある若者がなぜ西欧の似合わない音楽をやるのか個人的にはよくわからない。ただ西欧のものでも、日本人的にアレンジした世界を作っている人がやはり人気があるのは、確かにそのとおりだと思うが。ただマネにしかすぎないミュージシャンも多いのは残念というか無惨な気さえする。

どこの文化も奥は深いが、日本の文化も同様でかなり奥が深い。よく言われるのが、わび、さび、かろみ、、、などだが、これはもの凄く深いし、一度、ちゃんと教えられて、再度自分で意識したことで気づいたた外国人なら、その凄さ、深さを日本人以上に理解している。そして憧れる。
そういう文化は他にはあまりないためである。

とくに庭などには、言外の意味あいが現れるため、外国人は庭を通して日本の分化に触れるケースが多い。西欧にも素晴らしい庭文化が豊かにあり、私もヒルズではそれを意識して作っているが、わびさびの観点から言えば、苔むすさながら浄土の庭とでもいえるものが、日本の精神の奥座敷に構えているように外国人には見えると思う。盆栽の世界観も同様だろう。それを知ってしまうと人の生き方にかかわるような体験にまでこうした文化は行きつく。

そして、そうした深い文化的素養を日本人はほとんどの場合、遺伝子的にもっているのだ。
これは非常に有利であり、だから経済でもこれまで世界相手に負けずにこれた。元はそこにある。決して合理性や日本企業独特の閉鎖性や官僚性のたまものではない。こうした日本の力を海外が評価し始めている。

いま、自国の文化を体験せずに海外に目を向けることはあまりにもったいない。英語をしゃべるよりも、体得した日本文化を通して外国人と接する方が、10倍は尊重される。

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2007年6月15日 (金)

日本文化 ~披講その3~

詩歌を声に出して読む披講とは「声に出して読む日本語」の斎藤孝教授が言われるずっと以前から、私が言ってきたことで、その実践のための短歌大会を10年前から開いてきた。

「星と森国際短歌大会」だ。ここでは優秀歌を披講する。優勝歌には50万円の賞金も出る。私のような零細もいいところの会社で売り上げ比でいうと異常とも思えるような出費を文化事業に注ぎ込んできた。

しかしやはり段々と出費がかさみ、このままでは何かと無理が生じるので、協賛スポンサーを探すか、またはわたしのところが何かの事業をヒットさせるしかない。

そこで新たに化粧品ビジネスを立ち上げたのだが、本物のダマスクローズをふんだんに使用するため、通常のぼろい儲けの化粧品とは違う。コストがかなりかかる。
しかしこれを軌道に乗せて文化事業を維持していければ、と思っている。

私の会社はこれまでに文化的な事柄にかなりの出費をして来ている。少なくとも披講を広めることには貢献してきた。せめて大企業がもう少し日本文化の発展のためにお金を惜しまずに使ってくれたら、日本も世界も変えられるのに、、と思ってしまう。

私に100億のお金を使わせてくれたら、文化事業を通して人々の意識を変革させ、世界を変えることも可能という妙な自信がある。これからは文化によってしか開けない時代なのだ。

トヨタなどが1000億だせば本当に世界を変えられるのに。

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2007年6月12日 (火)

日本文化 ~披講その2~

先日の披講についての話で間違いを指摘された。

まず「細川幽齋」が正しく、「幽才」ではありません。確か「才」だったっけ、、というつもりで書いたがやはり違っていました。

それにあとひとつ、細川は披講の家というよりも古今伝授の家ということです。
あと披講は一子相伝とはいえないのでは、、、ということでした。

実はこの道の専門家のご指摘なので間違いありません。
とはいえ、ご指摘をいただいたK教授は披講学習会の仲間であり幹部の先生。

「いやだ、読んでくださっていたなんて・・・」 もう少し確認してから書けばよかった。

ただK教授のおかげもあり、学術界での披講の重要性が急速に高まったと感じる。

和歌は歌うものだったとの認識が急に高まっているのだ。

※披講とは・・・詩歌の会で、詩歌を読みあげて披露すること。また、その役目の人。

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2007年6月 6日 (水)

日本文化 ~披講~

今夜と明日と続けて披講がある。

とくに今夜はとても重要な晩だ。宮中披講の第一人者の方から特別講義を受けるということになった。世が世なら大変な出来事なのだ。

元来,披講というのは、一子相伝で許された家だけで受け継がれるものだった。長男だけに受け継がれ、民間のわたしたちが披講を行なうことなど、戦前ならば不敬罪になっただろう。

それを示す凄い話がある。関が原の戦で孤立無援になった細川幽才の危機を知った天皇は勅令を出す。

「細川を打ってはならない」との勅令だった。理由は細川は披講の家なので披講が途絶える、、というものだった。

いまでは披講といってもほとんどの人が知らないが、日本文化の根底に披講があるのだ。このことは徐々に学術会でも認められはじめている。
日本は和歌の国だったのだ。その最高の方から一回だけとはいえ学びの機会を得るというのはすばらしいことである。

しかし自国の文化を軽んじる日本人は披講などに目もくれぬが、とても感動的なすばらしいものですよ。機会があったらぜひきいてください。

私も自分の会合や妖精茶会などではなるべく歌わせていただいています。幸運をもたらす力が日本語、すなわち和歌にあり、それは歌うこと、すなわち披講することで最高度になるのです。

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2007年5月28日 (月)

四季彩

秋から冬が好きな人と、春から夏がいいという人とがいる。

私は若い時代は秋や冬が好きだったが、いつからか春や夏がよくなった。
冬期にはひたすら春を待ち望む、まるで北国の人のようになってしまった。

源氏物語には秋好む中宮が出てくるが、淋しい秋を好むのはやはりめずらしいことだったのだろう。

取材で京都の冷泉家に伺ったことがあるが、冷泉の歌は春をともに喜び、秋をともに悲しむ、と言われたのが面白かった。

秋の深まりは悲しいものだったのだ。とくに源氏の時代ではその淋しさはいかばかりだったろう。

深緑が生い茂る今頃は一年の最高の時。秋や冬の要素がまったくない。
これが夏を迎え、お盆の頃になると、夏が過ぎ行く気配が忍び寄る。
これもまた淋しさがある。かえって冬以上に淋しかったりする。

文化というのは深まる秋や冬の寂しさを背景にして育つ面がある。
人生の悲しい時期、寂しい時期にこそ、人には文化的な喜びが必要になる。

どこの精神科医もはっきりは言わないが、文化に魅せられれることは魂の危機を救う。
損得だけの現代人がウツにかかりやすいのは当然なような気もするが・・・。

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2007年5月 2日 (水)

春の妖精茶会

21日に私の東京のアトリエで妖精茶会があった。

春の妖精茶会だ。本当なら春分の頃に行なうのだが、引っ越しなどが忙しくて遅らせてもらった。
季節の変わり目に自然霊と交わり、元気をもらう、、というイメージだろうか。
出席した人からその後、「妖精のおかげでいいことが起こりました、、、」というお話を何人かから聞けたので有り難いことである。

人の成長にも通過儀礼があるように、時の移り変りにもけじめがある。
これがないとどこまでが冬でどこからが春で、どこからが夏かわからない。時の流れに意識を入れ込む。それによって時に意味が生まれてくる。
こうした価値を重視しない現代人は本当は野蛮なのだ。

恋人がいない人は欲しいと思う。当然だろう。願ったからといって恋人が登場するとは限らない。しかし方法はないわけではない。「せめて夏までに欲しい」と願う。
時期を設けることで願いが意識的になる。意識的になるとそこに力が生じてくる。

ただ(ぼーっ)と生きていればすべてがうまくいくのではない。
意識的に生きることで力ある人生が生じる。一円もかけずにできることである。

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2006年10月16日 (月)

テレフォン人生相談の打ち上げ

先日、ニッポン放送のテレフォン人生相談の打ち上げがあったけど私は出席できなかった。
聴視率ナンバー1にこれまで何度もなっている番組。テレビで視聴率ナンバー1となると大変なインパクトなのにラジオはその点かなり地味。自分がナンバー1の番組にレギュラー出演しているわけなのだが、一度だけ、温泉のマッサージで目の不自由なマッサージ師から、マドモアゼル愛先生ですよね?と突然聴かれて驚いたことがある程度だ。

しかし・・・。一回の番組が最終的に300万人が聴いてくださるということなので、もう8年ほどお世話になっているのだから、年に50回出演したとして、400回。延べ、12億人の方が私の声を聴いていることになる。

声というのは不思議でしゃべる内容とはまた別に、声自体で色々なメッセージを伝えている。人間の機関はどれもそうだが、声と目はかなり真実を語る。体のすべてが本当はそうなのだが、目と声は作ることが出来ない分、正直にあらわれてしまう。

実際、テレフォン人生相談をしていて、質問者は大体始めは取り繕った声を出している。何か正直な気持ちを隠している。悩んでいる時のそれが特徴でもある。
段々と心の琴線に触れていくにつれて、相談者の声が変わってくる。
本当の声で話し出してくる。
そうなるとこちらのメッセージが届くようになる。

声が変わらない人には届かない。
防衛しているから外部のメッセージを受け入れられないのだ。
聴く耳というものが人にはあると思う。聴く耳になることで人は外界と和解できる。

聴く耳を持たぬとき、人は孤立している。聴く耳を持たぬ母に育てられた子供の心には深い絶望が育っている。そして自分の声も閉ざしてしまう。

声に魂の響きが出てくるとき、人に可能性が生じる。私は占い師であるが、人生相談の際にはその内容よりも無意識に相談者の声をじっと聴いている。その方が何かがわかるからだ。その人が隠しているものを嗅ぎ分けないで答えることはできない。時間の無駄になるからだ。

相談者の声の質を変えるのが私の人生相談の基本でもある。
声さえ変われば、あとは私など出る必要はない。
あとは本人自身があらゆることを解決していく。
それだけの力が人間の中にある。

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2006年6月30日 (金)

みなづきの禊ぎ

きょうで一年の半分が終える。みなづきの禊ぎの日でもある。
私はいつも自分で勝手に祝詞を上げる。おお払えの祝詞である。
祝詞は祈りだから、思いがやはり大切。思いがあってそれが意が乗る、で祈りである。
意が乗らなくては言葉はむなしい。言葉は単なる記号とは違う。そのことを、昨日の歌会でも実感した。

きのうは外国人の前での披講だったが、終わってからの感想は有り難かった。言えない、言えない、、何と言っていいか、言葉が見つからない、初めてだ、素晴らしかったと、興奮気味に語ってくれる海外の人にあって、意の乗る言葉は言葉の壁を越えることを実感した。

これだから披講はやめられない。

先日の妖精茶会では、私が百人一首の中から何かを歌う、という段で、参加者の一人が、崇徳天皇のお歌、と言う。よりによって、なぜ崇徳天皇の歌なのかがわからず、驚いた私。
歴史に詳しい人ならすぐにわかるかもしれないけど、崇徳天皇は誤解され身の潔白を晴らすことができずに無念のご生涯を閉じられた天皇である。
その後、日本は公家が支配する世界から武家の世界が長く続くことになる。これは崇徳天皇の予言に一致。そのため明治帝は王政復古の際に、なによりも手厚く崇徳院の御霊鎮めを行ったと言う。みやびな百人一首のなかではどちらかというと他とは異なる趣がある。その歌が指名されたので驚いたのである。

しかし驚いたのは私だけではなかった。
私の隣にいた方が、崇徳天皇ゆかりの地で生まれ育った人がいて、やはり、崇徳天皇の名がでたことに驚くと同時に、まさかそのお歌が披講されるなど、夢にも思わなかったことが起こったからである。その方は、サイキックな能力がおありのようで、私が歌った後に、これからも機会があるときにぜひ崇徳天皇の歌をおうたいください。それを崇徳天皇は求めております。と言う。
なんだか妖精茶会らしいといえばそうだが、あまりに古典の大きな妖精の存在と触れられた、茶会でもあった。それからみなも気が乗って、色々な歌を歌ってくれて、会も盛り上がってきた。多くの霊がきっとそこにいてくれたのだと思う。

天皇の霊の気配は披講では確かに出てくる。以前話したとおもうけど、一条天皇ゆかりの歌会でも同じことがあった。そのときにはかつてない激しい雷雨を体験した。
激しい雷雨は歌会が始まる直前から始まり、歌会終了とともに雷雨も終わった。天皇家は歌の家であり、歌によって国や人の御霊を震わせ、活気をはかり、すべてのものを発展させるちからを持つ。今は御霊となられたかつてのすめらみことは、再び披講がお聞きになりたいのだと僭越ながら感じた。歌の神がいるのだ。

私は最後の最後には、歌の神様がお出ましにならない限り、この世は治まらないと思っている。お金で、力で、ICBMで世を治められると思うのは幻想である。

声の言葉である歌が次の時代の幕開けを行うと思う。歌、笑い、踊り、この三つがなくて人間が生きていけると思うのは、これまた幻想である。

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2006年6月28日 (水)

明日は重要な歌会

明日は重要な歌会があり、きょうはこれからその練習のために、早稲田大学に行くところ。

早稲田は私が長年いたところで、愛着がある。
古い町並み、古いお店、早稲田特有の学生の気質など。この町で独立して、20年間仕事をしたことになる。

早稲田は文学者の町でもある。

その昔、日本の文壇の中で、この町に関わらなかった人をさがすことのほうが難しいのではないだろうか。すぐ近くには夏目坂がある。もちろん漱石にちなんだ名称。私もこの早稲田で、著述の道にすすんだわけだ。生まれは三田だから、慶応のすぐ近くだった。仕事場は早稲田。頭が悪かったから、どちらの学校とも縁はなかったのが残念だが。

私はミッションスクールに通い、賛美歌をほとんど丸暗記するぐらいおぼえ、早慶とは異なる文化環境で青年期を過ごした。そこで出てくるのが、島崎藤村だ。

私と島崎藤村の間には、奇妙とも思える偶然の一致がかなりある。
学校、住んだ場所、通った教会、教会から去った理由、アルバイトをしたところ、研究者の中に私と同姓同名の人がいる偶然、、とくに住んだ場所がまったく同じ住所だったのには驚いたものだ。とはいえ、あちら側からしたら、なんの関係もない、単なる偶然であるのだが。また私自身、島崎藤村はそんなに好きではない。言葉が美しすぎてうそがあるように感じる。しかし不思議な偶然を頼りに、私も文学の道に進んでみよう・・・と思って、小説を書いたが、まあ、読めるしろものではなかった。

あきらめずに、超破壊、などのタイトルでもう一度書いてみようかしら。
それとも、夜明け後のほうがいいかな。

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2006年2月 8日 (水)

港区元神明宮

先日、披講の練習で港区元神明宮へ。

この人が青柳助教授でわたしたちの披講の先生。

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披講を教えられるのはそう多くはなく、いずれは青柳先生も人間国宝的存在になるかも、と勝手に期待しています。

さて、この元神明宮は昨年1000年祭を終えた、古い神社です。

一条天皇の勅命によって建てられたのだけど、
なぜ京都の天皇がわざわざ武蔵の国の片隅に神社の勅命を下したのか、不思議。世はちょうど道長の時代。

そんなことを不思議に思っているときに、偶然の縁で京都の陽明文庫にお誘い
の機会を得た。

陽明文庫は一般には閉ざされているので貴重な機会でもあり、行ってみるとびっくり。

国宝、関白記の展示箇所が、なんと一条天皇崩御のところ。
ひっそりと見届けるように道長がはりついている。

一条天皇ははじめ道長の兄の道隆の娘、たしか直子だったっけ、と結婚し子供もできた。
しかし若くして妻は死に、預けられていた子も死ぬ。その後、道長の娘と再婚することで、道長は権勢を上り詰めたわけだ。

一条天皇の心中はどんなものだったろう。道長は死の床まで監視するようにして一条天皇の最後を見届ける。

何かある、と私は感じる。
もちろん、だれもが感じた。けれど道長は権力者、誰も口になど出せない。
一条院ですら。その一条天皇が作った神社が元神明宮。その神宝をのちに関東に入場した家康が供出を命じたように、おそらく大切なもの。

家康の裏には忍者軍団が控えていたのだから、霊的防衛に対してはプロ中のプロだったはず。

その家康が欲しがったものとは。
先妻のことを一条天皇は深く愛していたことはわかっている。
一度、一条天皇の御歌を縁の元神明宮で披講して見たいと思う。

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2005年8月10日 (水)

彼の気持ちがわからない、理解できない・・・と悩むのなら

明日からしばらく信州の夏のオフィスで仕事。
その前にやることをやっておかないとダメなので、あいかわらず忙しい日々だ。

今駅で電車を待っているが、こういう時がブログ投稿のチャンス!

母の墓参りの後、ニフティでの打ち合せが本日の予定だが、
どこかのデパートで百人一首を買いたい。
この間思い出したら30首ぐらいしか思い出せない。
なんとかこの夏で全部覚えたい。

子供の時にいちばん最初におぼえたのが、久方の光のどけき、、、だった。
この札だけは何があってもとらないと気が済まず、取ればご機嫌という執着心の強い子だった。

ただ私はいちばん下だったので、姉たちも私がこの札を狙っているのがわかるにつれ、
歌も当然覚えてしまっているので、あとは運動能力の勝負となる。

小さい私はそれでは不利で、
負けてしまうと百人一首は即中断。
あきれた姉たちは以降、この札をそれとなく私に譲るようになっていった。

美空ひばりは既に3歳で100首全部を覚えていたらしい。
天才性はそれで築かれたのかもしれない。

丸暗記教育を悪く言う人が多いが、まちがっていると思う。
丸暗記はあとで気付きをもたらし、自分の物になるときがくる。

理解、理解、などと言っていると、バカ頭で理解する以上のものは得られない。

私は天才想像のノウハウは、よいものを丸暗記することだと思う。

例えば名文を丸暗記すると本当に文章が上手になる。
リンカーンは聖書しか読んでないが、ほとんど丸暗記していたぐらいに読んだ。

そのエッセンスが身につくのだ。

お経を丸暗記して天才性を得た坊さんも実に多い。

私は頭はよくないが、未来の洞察的直感は仕事柄持っている。
それは詩歌の丸暗記によってもたらされていることを感じる。

数学は苦手だったが一度わからないまま丸暗記したが、そうしたら理解できた時がある。

源氏物語の最初の桐壺を丸暗記した時は、古典と縁のない私が、その後あの複雑な平安時代の敬語言葉を辞書もひかずに自然に理解できるようになっていた。

彼の気持ちがわからない、理解できない、、、と悩むのなら、
一度同じ物を食べ、同じ時間に寝、似た一日を送って見ることである。

頭で考えて理解できるのは、すでに色々な経験を積んだ、ほとんど悟りの境地にいる人のみで
いまどきそんな人はいないのだから、

謙虚に真似る、暗記する、というのが、仕事でも、恋でも、あらゆる能力発揮の王道。

しかも暗記にはハンデなし。

声をだしてだれでも50回読めば、どんなに長い文でも覚えられる。

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2005年7月27日 (水)

私の和歌

先日の短歌大会
主催者である私の和歌も恥かしながら披講された。

題が "衣" だったので衣服関係で詠まなくていけない。

『色あせし引き出しおくの夏服に過ぎにし恋の息吹のこれる』

と詠んだのですが、なんといらしてくれたベルシステム石崎氏は
この歌がいちばん良かったと、まあお世辞にしてもうれしい事を言ってくれました。

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しかし今回の歌会は大成功で終えたが、みな披講そのものに恋をしてくれたようで嬉しかった。

披講という、和歌を歌う日本最古の文化だが、これが現代人の心に、まるで恋心を今でも抱かせるのだ。

入賞者はみなさん涙を流して別れを惜しんでいた。

自分で主催してこういうのも何だが、こういった会が公のものであるだろうか。
これが歌の力なのである。

しかし、お金はかかったなあ・・・。

今年ドロボーに入られた私としては苦しいが(苦笑)
運よく当日の新潟競馬10レースのヤマニンアラバスタは見えていたので、勝負し、
見事!披講式最中に1着となったらしく、
式が終えた時、競馬仲間が教えてくれて嬉しかった。

経費の25パーセントはとりもどしたのだ。
アラバスタありがとう。

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2005年7月26日 (火)

短歌大会

先日、私が主催する短歌の大会に
ベルシステム石崎氏も来てくれたので、お礼をブログで書いてしまおう。

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石崎さん、わざわざお越しいただき
ありがとうございました!

ああいう変わった会ですが、
日本文化の根底にあるのが実は先日の披講なんです。
(根底にありながらまったく誰からも評価されていません)

今では、ほとんど冷泉家と宮中でしか行なわれておらず、
しかも冷泉家は家の伝統維持のためのものですから、高いレベルを期待するのは酷です。

宮中の披講会はさすがにレベルは高く、模範とするところですが、
ただ自由な立場で披講ができるのがここのよいところ。

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披講はどなたも最初はよくわかりませんが、何回か聞いてるうちに、
突然胸の奥に何か不思議な感動が入り込む、という形で体験されていきます。

音楽家は入り込む事が特に早い人が多くて、
先日も大変有名なオペラ歌手が二名いらしていたのですが、二人とも涙を流されていました。

これが披講の凄さなんです。

全然古くない、今でも変わらずに人の心の奥の扉をノックする
そういう力を持っているんです。

心あるプロほど
すぐにそのことを理解してくれます。
本当にありがたいことです。

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私は主催者なので歌えなかったのが残念…。

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<とっておき写真>

エミール・シェラザード先生と森村先生!
ご参加ありがとうございました。

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2005年6月28日 (火)

朗読会

今日は私のアトリエではじめての朗読会があった。

朗読者は5人。

大御所の鎌田弥恵先生もいらして、緊張した。
というのは、題目が雪国。
そんな難しい小説を「あなた…読めるの…?!」
という声が聞こえてきそうな気がした為。

ヘタではあったものの、熱意に免じて
お許しいただいたような会でした。

そして・・・。
これから関係者で打ち上げです。

しかし語りはおもしろい。

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2005年4月12日 (火)

ニッポン放送スタジオスナップ

今日は加藤諦三先生とご一緒でした。加藤先生さすがに名回答でしたよ。
スタジオスナップ

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人生相談

ラジオ番組「人生相談」でニッポン放送へ。今日は報道関係はいなかった。
ニッポン放送へ

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