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2006年3月24日 (金)

春分の妖精茶会

ああ、疲れたけど面白かった。春分の妖精茶会が終えました。

01

毎年クローズで春分祭をやってきたが、今年は参加希望の皆様と妖精茶会ができました。
場所は<ザ・ヒルズ・スター&ウッド>は遠くて無理なので、東京の私のアトリエだった。

02

私は昔から妖精の存在を信じていて、それを当然のことのように思っている。いるとかいないとか話すこと自体に違和感を感じるほど身近ものだと思っている。

おかげさまで、、、とよく言うけど、もちろん影で応援してくれる妖精のことである。

妖精の助けがなくて物事がうまく運ぶはずはないと思うし、そうした自然霊の力なくして、人間だけで何でもできると思うのは間違っている。妖精の機嫌をそこなわない生き方が大切だと思う。

開運法というのは、けっきょく妖精を味方につけることでもある。
偉そうにしている態度や言動では妖精は味方をしてくれない。
伸びている人が謙虚に見えるのは偶然ではないのだ。

しかし妖精は非常に気紛れなので、固定的な好かれ方というのはあるようでないと思う。気分屋である。気分屋であきっぽい双子座の可愛い女性、の扱い方をイメージすると近いかもしれない。

03

あと遊びが好きである。また純粋であり、人間の狡猾さや権威的な匂いを嫌う。さしずめ官僚のいやらしさなどはいちばん嫌いかも。官僚的な者がのさばるためには、だから自然を制御した環境を必要とするわけだ。権力機構が都会を作り出すのはそのためだ。

では妖精に好かれたほうがいいのか、というと、これも一概には言えない。好かれることによる危険もあるのだ。一緒に遊ぼうよ、、、と妙なところに連れていかれても困るし。

人間は人間、妖精は妖精、お互いの世界を犯しては基本的にはいけない。しかし丘という場所では、よく両者は交じわる。私が丘が好きなのはそのためだ。

04

特別おいしいものを作ったり、特別に上手に歌ったりするには、どうしても妖精の力がいる。
私は丘を自分の想像の舞台にしたかった。

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