2007年7月19日 (木)

月刊誌ミスティ「水瓶座時代」特集

本日発売のミスティという月刊誌に私の特集が掲載されている。

12ページの特集で、個人にスポットを当てる特集は珍しい。何を書こうかと考えた末、水瓶座時代をテーマに選んだ。

水瓶座時代とは地球自転がもたらす歳差現象の軸が2100年ごとに1サイン動くという気が遠くなるような周期のことで、現在は魚座の最後にある。

最後といっても逆行している駒振り現象なので今は魚座のはじめにあり、もうすぐ水瓶座に逆行して入る。イエスが言った人の子の時代は水瓶座エイジを差している。

時代が変わる、大激変の時代……などといわれて久しいが、その根本にはこの歳差現象の大きな変化があるのだ。

しかしそれでいてあまり水瓶座エイジについては多く語られたことがない。おそらくこれを特集で組むのは初めてのことではないだろうか。

私は未来予測の度数と言われる水瓶座の12度に木星を持つためか、大きな変化の波についての関心がもともと高かった。

コンピュターを駆使した占いを先駆的に開発したのも、ネットでの有料情報提供にいち早く先鞭をつけたり、文化の時代を予知して日本の最深部にある今はすたれそうな和歌披講の発展を形にしたり、心の時代の到来をキャッチして人生相談のスタイルを自分なりに作った。

最近では女性の本質再生のカギを握るのがローズとの確信のもとに事業を展開しているのは、すべて到来する水瓶座時代に帰結する直感だった。

今回のミスティの特集では、水瓶座時代のキーワードを30テーマほど上げそれについて書いた。

大きな流れに沿ったものは紆余曲折があっても結局は伸びていく。今ほど目先の状況に左右されない大きな流れに沿ったスタンスをとることが重要だと思う。

ミスティの今月発売号を関心があるかたはお読みいただきたい。

Posted by マドモアゼル・愛 愛先生の占い |

2007年6月15日 (金)

日本文化 ~披講その3~

詩歌を声に出して読む披講とは「声に出して読む日本語」の斎藤孝教授が言われるずっと以前から、私が言ってきたことで、その実践のための短歌大会を10年前から開いてきた。

「星と森国際短歌大会」だ。ここでは優秀歌を披講する。優勝歌には50万円の賞金も出る。私のような零細もいいところの会社で売り上げ比でいうと異常とも思えるような出費を文化事業に注ぎ込んできた。

しかしやはり段々と出費がかさみ、このままでは何かと無理が生じるので、協賛スポンサーを探すか、またはわたしのところが何かの事業をヒットさせるしかない。

そこで新たに化粧品ビジネスを立ち上げたのだが、本物のダマスクローズをふんだんに使用するため、通常のぼろい儲けの化粧品とは違う。コストがかなりかかる。
しかしこれを軌道に乗せて文化事業を維持していければ、と思っている。

私の会社はこれまでに文化的な事柄にかなりの出費をして来ている。少なくとも披講を広めることには貢献してきた。せめて大企業がもう少し日本文化の発展のためにお金を惜しまずに使ってくれたら、日本も世界も変えられるのに、、と思ってしまう。

私に100億のお金を使わせてくれたら、文化事業を通して人々の意識を変革させ、世界を変えることも可能という妙な自信がある。これからは文化によってしか開けない時代なのだ。

トヨタなどが1000億だせば本当に世界を変えられるのに。

Posted by マドモアゼル・愛 文化・芸術 |

2007年6月13日 (水)

天才にもなれる? 双子座版ローズ水

15日は新月。

毎月新月に調合をする「星のローズ水」づくりがある。
今月は双子座版だ。双子座は風の第一星座、男性サイン、複体サイン、変通サインでもある。
  

「我知らせる」が基本の意味。この星座からは時折 天才が出現する。

どういう時に双子座の天才性が表出するかというと、肩の力が抜けたとき、まさに風に身をまかせたようなスタンスの時にこの人は力を発揮する。

では反対にもっともダメなのは風が淀む時、すなわち退屈や単純な繰り返しに弱いのだ。
双子座を理解しようとしたら、笛を思い出すとよい。笛は空洞。自身は空虚感を常にもっている。

しかしそこに風が通るとすばらしい音楽がかなえられる。受け身でありレシーバーであるが、状況の変化を巧みに捉えることができるのだ。

相性が合うのは、双子座にボールを投げられる人だ。どんなボールでも巧みに捉え、それを喜びとする。変化球も大丈夫。

無風、退屈、面白みが形成できない時、双子座は死んだようになってしまう。

Posted by マドモアゼル・愛 美容・コスメ |

2007年6月12日 (火)

日本文化 ~披講その2~

先日の披講についての話で間違いを指摘された。

まず「細川幽齋」が正しく、「幽才」ではありません。確か「才」だったっけ、、というつもりで書いたがやはり違っていました。

それにあとひとつ、細川は披講の家というよりも古今伝授の家ということです。
あと披講は一子相伝とはいえないのでは、、、ということでした。

実はこの道の専門家のご指摘なので間違いありません。
とはいえ、ご指摘をいただいたK教授は披講学習会の仲間であり幹部の先生。

「いやだ、読んでくださっていたなんて・・・」 もう少し確認してから書けばよかった。

ただK教授のおかげもあり、学術界での披講の重要性が急速に高まったと感じる。

和歌は歌うものだったとの認識が急に高まっているのだ。

※披講とは・・・詩歌の会で、詩歌を読みあげて披露すること。また、その役目の人。

Posted by マドモアゼル・愛 文化・芸術 |

2007年6月 8日 (金)

年金問題

年金のデータが消えた。

しかも5000万人を越えるというのはあまりに壮大な話だ。
ありえないことが国家の中で起きている。こういう話が出てくるようになると、本体がかなりおかしくなっているものだ。

日本が役人天国というのは本当で、彼らが国を食い潰していると言われても、ここまで来るとしかたない。

ひどいのは、データが消えていることは“もうとっくの前にわかっている”のになぜいまさら、、という反応があったらしい。

よくそういうことをほったらかして何年も問題解決をしようとしてこなかったと思う。
その神経の太さにあきれかえる。責任をはっきりしてもらわねばならない。

政府ももうすぐ選挙なので青くなっているだろう。
今の政権の選挙対策は株価を上げる以外にないはずだから・・・

6月相場は何が何でも上げようとするだろう。だからおそらく上がる。

政府が銀行から買い上げていたバブル整理の時の株の放出があったためにこれまで上がらなかったが、今回はさすがにそれを止めるはずで、おそらく株価はこれから大幅に上がると思う。

しかし、もし参院戦敗北となると逆に「政権を委譲したらたいへんなことになるぞ」とばかりに今度は株価を下げるだろう。

要するにすべてが自分の都合である。

くれぐれも国に頼ろうとしない生き方を考えよう。

Posted by マドモアゼル・愛 経済・政治・国際 |

2007年6月 6日 (水)

日本文化 ~披講~

今夜と明日と続けて披講がある。

とくに今夜はとても重要な晩だ。宮中披講の第一人者の方から特別講義を受けるということになった。世が世なら大変な出来事なのだ。

元来,披講というのは、一子相伝で許された家だけで受け継がれるものだった。長男だけに受け継がれ、民間のわたしたちが披講を行なうことなど、戦前ならば不敬罪になっただろう。

それを示す凄い話がある。関が原の戦で孤立無援になった細川幽才の危機を知った天皇は勅令を出す。

「細川を打ってはならない」との勅令だった。理由は細川は披講の家なので披講が途絶える、、というものだった。

いまでは披講といってもほとんどの人が知らないが、日本文化の根底に披講があるのだ。このことは徐々に学術会でも認められはじめている。
日本は和歌の国だったのだ。その最高の方から一回だけとはいえ学びの機会を得るというのはすばらしいことである。

しかし自国の文化を軽んじる日本人は披講などに目もくれぬが、とても感動的なすばらしいものですよ。機会があったらぜひきいてください。

私も自分の会合や妖精茶会などではなるべく歌わせていただいています。幸運をもたらす力が日本語、すなわち和歌にあり、それは歌うこと、すなわち披講することで最高度になるのです。

Posted by マドモアゼル・愛 文化・芸術 |

2007年5月28日 (月)

四季彩

秋から冬が好きな人と、春から夏がいいという人とがいる。

私は若い時代は秋や冬が好きだったが、いつからか春や夏がよくなった。
冬期にはひたすら春を待ち望む、まるで北国の人のようになってしまった。

源氏物語には秋好む中宮が出てくるが、淋しい秋を好むのはやはりめずらしいことだったのだろう。

取材で京都の冷泉家に伺ったことがあるが、冷泉の歌は春をともに喜び、秋をともに悲しむ、と言われたのが面白かった。

秋の深まりは悲しいものだったのだ。とくに源氏の時代ではその淋しさはいかばかりだったろう。

深緑が生い茂る今頃は一年の最高の時。秋や冬の要素がまったくない。
これが夏を迎え、お盆の頃になると、夏が過ぎ行く気配が忍び寄る。
これもまた淋しさがある。かえって冬以上に淋しかったりする。

文化というのは深まる秋や冬の寂しさを背景にして育つ面がある。
人生の悲しい時期、寂しい時期にこそ、人には文化的な喜びが必要になる。

どこの精神科医もはっきりは言わないが、文化に魅せられれることは魂の危機を救う。
損得だけの現代人がウツにかかりやすいのは当然なような気もするが・・・。

Posted by マドモアゼル・愛 文化・芸術 |

2007年5月25日 (金)

春の訪れとともにローズ化粧品の香りに包まれて

豊な春の訪れで私が暮らす山はえも言えぬ良いかおりが漂う。
せんだんの香りだろうか。小さな紫の花が無数に咲く。
各地で花の催しが開かれ、とくにバラの人気は高い。

私のところもついにローズ化粧品の専門店、マドモアゼル愛をスタートさせた。
ローズ水、ローズオイル、ローズソープがメインだが、これらの基礎化粧品は新月に作られる。私の占星学者としての思い入れである。

ローズオイルはナイトオイルであり、痛んだお肌を寝ている間にローズの力で修復してもらおうというものだ。私がローズに魅せられてからもうかなりの時がたつ。

ローズはヨーロッパの歴史そのものと言えるほど深い関係がある。
それこそクレオパトラからはじまってエリザベート、ポンパドール、マリーアントワネット、メリースチャート、ジョセフィーヌと、一世を風靡した女性には必ず愛された。しかも熱狂的に。

これは本物のローズがいかに高級だったかということで、庶民の手にできるものとは違う。本物のローズ油は今でも同じ重さのゴールドよりも高価なのだ。
だからどんな高級化粧品にもローズ油、すなわちダマスクローズ油がメインというものはまずない。あったら数万から数十万するはずである。

私のところは大量生産ではなくて稼業としてのやりかたなので限定生産だからそれができる。ソープ一個に一滴のダマスクローズ油が入って1400円のソープなど普通には作れるはずはない。

バラの香料は色々あるのでそれと勘違いしている人は多いが、本物のローズを知る人は昔も今もごくごく限られた人しかいない。

やや宣伝じみたが、ローズ化粧品マドモアゼル愛のスタートをお知らせします。

今度の日曜日はいよいよダービー。競馬のお祭りである。
私はゴールデンダリアを買うつもり。相手にヴィクトリーを考えている。
理由はなく運だめしである。

Posted by マドモアゼル・愛 美容・コスメ |

2007年5月 2日 (水)

春の妖精茶会

21日に私の東京のアトリエで妖精茶会があった。

春の妖精茶会だ。本当なら春分の頃に行なうのだが、引っ越しなどが忙しくて遅らせてもらった。
季節の変わり目に自然霊と交わり、元気をもらう、、というイメージだろうか。
出席した人からその後、「妖精のおかげでいいことが起こりました、、、」というお話を何人かから聞けたので有り難いことである。

人の成長にも通過儀礼があるように、時の移り変りにもけじめがある。
これがないとどこまでが冬でどこからが春で、どこからが夏かわからない。時の流れに意識を入れ込む。それによって時に意味が生まれてくる。
こうした価値を重視しない現代人は本当は野蛮なのだ。

恋人がいない人は欲しいと思う。当然だろう。願ったからといって恋人が登場するとは限らない。しかし方法はないわけではない。「せめて夏までに欲しい」と願う。
時期を設けることで願いが意識的になる。意識的になるとそこに力が生じてくる。

ただ(ぼーっ)と生きていればすべてがうまくいくのではない。
意識的に生きることで力ある人生が生じる。一円もかけずにできることである。

Posted by マドモアゼル・愛 文化・芸術 |

2007年4月20日 (金)

資源の時代

温暖化温暖化というものの、一時のあの寒さは何なんだ。
温暖化もそうかもしれないが、もっとすごいことが地球レベルで進行しているのではないか。
2月の暖かさも気になるが、その後の寒さも異常だった。ニューヨークではクリスマスまでは異様な暖かさで、ニューイヤーになったとたんにマイナス15度以上と、気温差30度だったとか。

このままではいずれ作物にも決定的な被害の出るときがきっとくる。そうなると景気がどうの、経済がどうだという状況ではなくなる。
ハイテク機器に囲まれながら、現代人は飢えを迎えることになるのかもしれない。色々な意味で将来の保障などない時代になってきている。

それは不安なことではあるが、自由な生き方の選択が許されるとも言えないか。あなたたち、そんな風にしていると将来いい会社に入れないわよ、、と言われても、どうせ将来は会社どころではない、、、ならば自由に自分の考えと気持ちで生き方を考える、そういう時代性が訪れるかもしれない。

私はかねてからこれからは資源の時代だと語ってきているが、やはり流れはそうなってきている。
オールドオエコノミーの株は買われるが、ヤフーやグーグルなど、情報関係、ハイテク関係は今後どうなるかわからないのではないだろうか。
流行の業種、業態がかつての重大工業にシフトしだしているのは、気になるものの、時代の危機を市場が読み取り出しているのだ。大豆、とうもろこし、もかなり高くなっている。

これから訪れようとしている時代は、多くの人が考えているような未来像とはかなり異なるのではないだろうか。

Posted by マドモアゼル・愛  | | トラックバック (0)